全労連は12月12日、厚生労働省労働政策審議会雇用環境・均等分科会がまとめたパワハラ指針案に対して意見を提出しました。
雇用共同アクションは11月23日、労政審でハラスメント指針案了承に対して厚労省前で抗議行動を行いました。
事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)に関する意見(PDF318KB)
パブリックコメント
2019年12月12日
厚生労働省雇用環境・均等局雇用機会均等課 御中
事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題
に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)に関する意見
全国労働組合総連合
議長 小田川義和
〒113-8462 文京区湯島2-4-4全労連会館4F
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厚生労働省労働政策審議会雇用環境・均等分科会が、11月20日にまとめた「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)」(以下では指針案と記載)について、意見を述べる。
端的にいって、指針案では、職場内外で多発しているパワーハラスメント(パワハラ)を防止することは難しい。それどころか、従来の裁判例よりも、パワハラ認定の範囲を狭め、従来であれば司法で救済されてきたようなケースであっても、パワハラに該当しないなどと主張する使用者、加害者の弁明を誘発し、労働者の救済を阻害するおそれすらある。また、事件が多発しているフリーランスや就活生に対するパワハラについては、問題を認識しながら、有効な防止措置を求めておらず(指針案12頁6)、人権侵害を黙認するに等しい内容となっている。
世界の動向をみれば、ILO第190号条約の成立をもって、「仕事の世界における暴力とハラスメント」は禁止、根絶されるべきものとなった。日本は今回の法改正では、ILOの決意に足並みをそろえることができなかったが、国会は全会派一致で附帯決議をまとめ、世界の流れに近づくよう、法令の至らない点を複数指摘し、省令・指針によって補うことを求めている。
労働政策審議会は、世界の流れと国会の意志、被害根絶を願う多くのパブリックコメントを真摯に受けとめ、パワハラ防止に向けた実効性の高い指針を策定するべく、指針案の修正を行うべきである。施行日は2020年6月1日であり、まだ、審議の余地はある。少なくとも、以下の問題点については、確実に修正をはかり、指針に反映させることを求める。
記
1.「はじめに」において、立法の背景にふれるべきである。
パワーハラスメントは、あってはならない人権侵害である。また、労働者の意欲の低下、健康状態の悪化、休職や退職、職場全体の生産性の低下等、経営的な損失をもたらすものでもある(事業主の責務に関する指針案にもその旨の記述がある)。2頁1「はじめに」において、上記2点にふれた上で、法律の趣旨(「雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上講ずべき措置等について、定めるものとする」)を記述するべきである。
2.パワハラの発生する場(職場)の解釈が狭すぎる。
指針案2頁2(2)では、パワハラ防止措置義務がかかる場である「職場」について、「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所」としている。しかし、現実のパワハラは業務の後の宴会、居酒屋、その他の場面でも多発しており、それらの多くが、裁判でパワハラと認定され、使用者の安全配慮義務違反として損害賠償責任を認めている。また、セクシャルハラスメントに関する指針に関しては、通達において勤務時間外の「宴会」等であっても、職務の延長と考えられる場合は「職場」と解する等としている。
裁判例や行政実務の経緯もふまえ、今回のパワハラ防止指針においては、行政内の解釈例規ではなく、指針において「職場」概念が広範に解釈されうることを明記するべきである。
3.「優越的な関係を背景とした言動」の定義が狭すぎる。
指針案3頁2(4)では、「優越的な関係を背景とした言動」について、「当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が 当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指」すと定義している。しかし、この定義には修正すべき点がふたつある。
まず、「当該事業主の業務を遂行するに当たって」の文言は、削除するべきである。理由は、優越的な関係を背景に、業務上の必要性のない、私的命令を行うなどのパワハラ例(北本共済病院事件)は少なくないのに、それを除外してしまうからである。私的領域でのハラスメントについては使用者の配慮義務の範囲を超えるという見方があるかもしれないが、業務上の優越的な関係を背景とした業務外の支配関係(=業務上必要な範囲を超えた言動)は、結果的に就業環境をも害するため、使用者の防止措置義務の対象に含むべきである。
2点目として、「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」との説明は、パワハラの判断基準を狭め過ぎているため、修正すべきである。この表現では、例示されている同僚や部下からのハラスメントのほとんどが、認定されないおそれがある。例えば、部下からのパワハラについては、「被害者は上司なのに抵抗すらできないのか。本来、部下を指導するべきではないか」といった指導力不足の視点が先に立ち、パワハラにあたらないとの誤認を招きかねない。また、同僚からのパワハラについては、「同僚同志ならば、拒絶くらいできるはず」といった一般的な「蓋然性」をもって、パワハラにあたらないとの誤認を招くおそれがある。
4.労働者の帰責性をもってパワハラが免罪されるとの誤解を広げかねない。
指針案3頁2(5)では、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」かどうかを判断する考え方として、「個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となる」としている。この記述では、労働者の行動の問題性の程度が深刻であれば、それに応じて指導の態様が変化し、厳しい叱責となったとしても、パワハラに該当しないかのような誤解を招く。裁判例では、パワハラを受けた労働者側に相当の問題があった場合でも、パワハラを免罪していない。
素案の記述は削除し、労働者に問題行動があったとしても、業務上必要かつ相当な範囲を超えた指導等はパワハラに該当するということを明記するべきである。
5.パワハラの判断において「平均的な労働者の感じ方」のみを基準と記すのは不適切である。
指針案4頁2(6)では、「労働者の就業環境が害される」ことについて、「当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す」としたうえで、この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」を「基準とする」としている。
しかし、ハラスメントの問題で問われているのは、具体的な言動を受けて苦痛や不快を感じている当事者の認識そのものであって、その被害を受けていない第三者が、主観を度外視した客観性(平均的な感じ方)のみで当否を判別するのは的外れである。場合によっては「平均像」による「個人」への抑圧、つまり、さらなるハラスメントともなりうる。
この点、指針案4頁2(7)と8頁4(2)ロ、9頁4(3)イ@では、相談窓口の担当者等に対し、「相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮」すること、すなわち「労働者の主観」への配慮を求めており、適切な注意喚起がなされている。それにもかかわらず、2(6)において、パワハラの判断の基準を「平均的な労働者の感じ方」で割り切ることは、相談担当者に課された留意事項とも矛盾する。
パワハラ事案においては、当該言動を受けた労働者の心身における個性や行為者との関係性、職場環境、業務内容など、平均化・一般化することができない要素が多々あることは当然である。ついては、「労働者の就業環境が害される」事案であるかどうかの判断に当たっては、「『平均的な労働者の感じ方』のみならず、当該言動を受けた者の『主観的な感じ方』についても考慮する」と記述するべきである。
6.パワハラに「該当しないと考えられる例」が不適切である。
指針案に関わっては、パワハラをなくすための理解を進めるはずの類型の提示が、「パワハラ逃れのテクニック集になっている」との批判を聞く。こうした懸念に耳を傾け、パワハラに「該当しないと考えられる例」は削除するべきである。
例えば、指針素案における信じがたい例として批判が集中し、公益委員からも疑問が呈されていた、「身体的な攻撃で『誤って物をぶつけてしまう』場合は該当しない」とした事案は削除されたが、なお、指針案4頁2(7)イ(ロ)@において「誤ってぶつかること」が、パワハラにおける「身体的な攻撃」に該当しない例として残されている。この例は、行為者が「危害を加えるつもりはなかった」等のいいわけをすれば免罪される、との誤解を誘発するので削除するべきである。
また、5頁ハ(ロ)A「懲戒規定に基づき 処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること」は、JR福知山線の大事故の原因となった、JR西日本における「日勤教育」のようなパワハラ研修を正当化する懸念があり、削除するべきである。
そのほか、5頁ハ(ロ)@新規採用労働者への短期間集中の別室での教育研修や、6頁ホ(ロ)@能力に応じた業務内容・業務量の軽減などといった、常識的に考えて記載する意味のない例を「該当しないと考えられる例」としてあえて挙げることも、例えば「過少な要求によるハラスメントではなく、あくまでも能力に応じた業務への配置転換である」などと主張すれば、ハラスメントの認定を免れるといった、不当な弁明を類推させかねない。
ハラスメント行為類型に関しての「該当しないと考えられる例」は、以上あげた法の運用場面での問題の発生が想定されることから、建議にこだわることなく、全て削除するべきである。
7.事業主が講ずべき措置に「長時間・過重労働と不合理な待遇格差の解消」を明記するべきである。
指針案は、コミュニケーションの重要性について複数個所で言及しているが、「コミュニケーションの希薄化」をもたらす原因である長時間・過重労働を解消すべきとする指摘があまりに希薄である。
また、人権侵害そのものであり、かつ、労働者を分断しパワハラの原因ともなっている、不合理な待遇格差の問題について、まったく触れられていないという致命的な欠点がある。ついては、以下の記述の追加をおこなうべきである。
(1)7頁4の「事業主が雇用管理上講ずべき措置」のうちの(1)の「なお」書の文章の後半を「(略)職場におけるパワーハラスメントの発生の原因や背景には、労働者同士のコミュニケーションの希薄化と、それもたらす長時間・過重労働や不合理な待遇格差などの職場環境の問題もあると考えられる。そのため、これらを幅広く解消していくことが職場におけるパワーハラスメントの防止の効果を高める上で重要であることに留意することが必要である」(下線部を追記)と修正すること。
(2)10頁4(4)の「併せて講ずべき措置」において、「ハ パワーハラスメントの発生の原因・背景となる長時間・過重労働や不合理な待遇格差などの問題の解消をはかること」を追記すること。
(3)11〜12頁5の「事業主が(略)行うことが望ましい取組の内容」の(2)ロのタイトルを、「適正な業務目標の設定や不合理な待遇格差の解消等の職場環境の改善のための取組を行うこと 。」(下線部を追記)と修正し、項目4(4)の「講ずべき措置」の末尾に移動させること。つまり、「望ましい取組」ではなく、「講ずべき措置」とすること。
その上で、当該事項の取組例として、「@適正な業務目標の設定や適正な業務体制・要員配置の整備、業務の効率化による過剰な長時間労働の是正等を通じて、労働者に過度に肉体的・精神的負荷を強いる職場環境や組織風土を改善すること。」や、「A男女雇用機会均等法や女性活躍推進法、「同一労働同一賃金ガイドライン」をふまえ、性別・雇用形態別の不合理な待遇差をなくすこと。」(下線部を追記)と修正・追記すること。
8.SOGI(性的指向・性自認)や移住労働者に対するハラスメントに関する記述が不十分である。
指針案では、パワハラに該当すると考えられる例の6類型のうち、「精神的攻撃」「個の侵害」のなかに、性的指向・性自認に関する侮辱的な言動や望まない暴露(アウティング)の問題を取り上げ、パワハラにあたる例として示した。また、相談対応におけるプライバシー保護の範囲に、性的指向・性自認を盛り込んだ。しかし、SOGIハラスメントについては、問題に対する一般的な認識の遅れが指摘されていることから、6類型の中の例示にとどめるだけでなく、パワハラの定義のなかに丁寧に織り込んでいく必要がある。また、移住労働者が増えるなか、人種・民族等に関するハラスメントも多発している事情があるが、指針案には言及がない。
そこで、3頁2(4)「優越的な関係を背景とした」言動に、「・職場における人種、民族、国籍、性的指向・性自認の多数者による言動」(下線部分を追記)を追加し、パワハラに「該当する例」のロ「精神的な攻撃」の例示(イ)@は、「人格・属性を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認、人種、民族、国籍等に関する侮辱的な言動を行うことを含む。」(取り消し線を付した「相手の」は削除、下線部を追記)とするべきである。引用文において、「相手の」を削除する理由は、言動が人格・属性を否定された当事者でなくとも、侮辱的言動が職場にパワハラにあたることを明らかにするためである。
9.雇用関係にない者に係るハラスメント防止に関する記述が不十分である。
指針案12頁6のタイトルは、「事業主が自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関し行うことが望ましい取組の内容」とされている。しかし、「望ましい」などという記述では、まったく実効性がない。この項目は、「事業主が自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関し講ずべき措置の内容」(下線部修正)とし、4の「事業主が(略)雇用管理上講ずべき措置の内容」の中に、位置付けるべきである。
その上で、現行6の内容は次のように修正するべきである。「(略)自らと労働者も、労働者以外の者に対する言動について必要な注意を払うよう努めることが望ましいわなければならない。こうした責務の趣旨も踏まえ、事業主は、4 (1)イの職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化等を行う際に、当該事業主が 雇用する労働者以外の者(他の事業主が雇用する労働者、就職活動中の学生等の求職者及び労働者以外の者)に対する言動についても、同様の方針を併せて示すことが望ましい必要がある。また、これらの者から職場におけるパワーハラスメントに類すると考えられる相談があった場合には、その内容を踏まえて、【4の措置も参考にしつつを基本に、】必要に応じて適切な対応を行うように努めることが望ましいわなければなければならない。(取り消し線は削除、下線部は追記)
なお、事業主が、自ら雇用する労働者による、雇用する労働者以外の者へのパワハラを防止する措置を講ずる義務をおうことは、改正法のパワハラの定義からみて、当然のことである。取引や求人の場面における@優越的な関係を背景として、A業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動を行うことによって、被害当事者の人権侵害が行われることは、事業・業務の質の低下を招き、所属企業・事業への社会的評価の凋落をもたらし、B当該事業に雇用されている労働者の就業環境も害される。つまり、使用者の防止措置義務がかかるパワハラの定義の3要素を全て満たしているのである。
フリーランスや就活生に対する酷いパワハラは、残念ながら日本の企業社会において広く蔓延していることが、当事者(団体)の努力によって、明らかにされ、参議院附帯決議においても、「自社の労働者が取引先…等に対して行ったハラスメントも雇用管理上の配慮が求められる」とされている。こうした状況をふまえれば、必要な措置を「望ましい取組」などにとどめ置くことは、もはや、許されない。
10.第三者からのパワハラ防止に関する記述が不十分である。
指針案では、いわゆる第三者からのパワハラ防止については、12頁7の「事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組の内容」としてまとめている。しかし、この取り扱いは不十分である。なぜなら、顧客、患者、利用者、発注事業側の労働者とは、当該事業にとって収益の源泉をなす重要な存在であって、まさに優越的な立場にあり、そうした者から不適切なクレームや身体的攻撃など、雇用する労働者に対して、業務上必要かつ相当な範囲を超えた対応を求める言動があれば、職場環境は当然のごとく害される。つまり、パワハラの定義に該当するからである。したがって、「顧客等からの著しい迷惑行為」も、第三者からのパワハラに含めるとともに、「望ましい取組」にとどめることなく、ハラスメントの防止策と被害を受けた労働者の救済策を雇用管理上の措置義務とするべきである。
法律の定義に加えて付言すれば、第三者からのパワハラは、実際に相当数の被害を発生させているが、「お客様は神様」という言葉が象徴するように、事業主が顧客の立場を優先することも珍しくない。そうした誤った発想を転換するためにも、改正法における指針では、実効性ある防止措置を事業主に義務付ける必要がある。
なお、講ずべき措置の内容に関わっては、12〜13頁7の叙述を次のように修正するべきである。「(略)事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上、少なくとも 【 の配慮として、例 えば、】 (1)及び(2)及び(3)の取組を行うことが望ましい措置を講ずるものとする。また、(3)のような取組を行うことも、 その雇用する労働者が被害を受けることを防止する上で有効と考えられる。(取り消し線は削除、下線部は追記)。
以上