危険なカラクリ・「改憲手続法」の阻止を
国民投票法案は継続審議になったが、閉会直前の6月15日には強引に審議入りされた。このままの状態だと9月に始まる臨時国会で、自・公両党と民主党の間ですり合わせが行われ、成立する危険は否定できない。
もし、法案が成立すれば直ちに、両院に設置される「憲法審査会」で改憲発議原案の審査と、これにもとづく改憲憲法原案作成が可能になる。そのこと自体、改憲策動に拍車がかかる重大事である。そして、いよいよ国民投票という事態になったときに、法案はおそるべき毒薬効果を現す。国民の意思を権力や財力によって歪め、改憲策動を全面的にバックアップする、何重もの仕掛け―“毒”―が盛り込まれており、その結果、改憲を阻止しようとする側は、不公正なたたかいが強制される危険に直面することになる。以下、そのことに的を絞って述べたい(なお、両法案の全面的な解明については本年6月8日付の団意見書をお読みいただき、活用されたい)。
〈途方もないハンディキャップ法〉
約460万人を取り締まる仕組み
第一に、自・公案では、国家公務員、地方公務員、教育者、合計約460万人の人たちを「地位を利用した」などという口実で警察・検察がこれらの人々の改憲反対の活動(国民投票運動)を抑圧、規制できる仕組みになっている。何千人、何万人もの逮捕という大量弾圧をするまでもない。しかるべき対象者を選んでみせしめ弾圧すれば、改憲勢力の政治的目的は実現できることになろう。自民党の船田議員は5月19日夜、第二東京弁護士会主催のシンポジウム・「憲法改正―国民投票法について各党に聴く」で、この規定での「萎縮効果」の危険があることは認めながら、「適用上の注意」として「国民の自由と権利を不当に侵害しないよう留意しなければならない」と規定するから大丈夫だと述べていた。同氏の弁明は事実に反する。軽犯罪法第四条は「国民の権利を不当に侵害しないよう留意し、その本来の目的を逸脱して、他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない」と明記している。だがビラ貼り活動にたいする弾圧など警察・検察が同法を濫用しつづけてきたことは歴史が証明している。
軽犯罪法違反事件だけではない。堀越国公法弾圧事件や立川ビラ弾圧事件など、さらには反戦、平和、革新政党の日常活動のビラ入れなどに対する一連の住居侵入罪事件など、目の前のたくさんの事実が同氏の弁解を否定している。今でもこの状態なのに、国民投票の成否をかけた政治決戦となったときに、法案のこの仕組みが権力によって「活用」され、公務員、教育者らの改憲反対運動の抑圧、規制のために猛威を振るう危険はまさに現実のものである。ちなみに民主党案にはこの規定はない。そして、当夜の集会で民主党枝野議員は、自・公案の注意規定は実効性がなく、「ナンセンス」だと述べていた。だが、同氏も民主党も、なぜか現行の国公法、教育公務員特例法を活用すればいいという立場である。違憲の弾圧の“牙”を公務員や教育者にむけるという点では、「同工異曲」という批判を免れない。
憲法擁護義務を負い(憲法九九条)、そのことを宣誓して活動している公務員、子供の人生に責任を負い、二度と子供たちを戦場に送らないことを誓っている教員、学者として憲法の価値を広く人々に語ってきた人々(たとえば小森陽一氏や渡辺治氏ら)が、憲法の命運が問われる歴史の決定的な瞬間に、権力によって自在に犯罪者にされ得ることになる。こんな仕組みをもつ法律は、憲法の保障する思想、良心、言論表現の自由を侵害する違憲立法である。同時に、そのことはすべての国民に、国民主権の自由な行使をみとめることを制度上不可欠の原則とする憲法九六条の大義に反する。両法案はこの二点だけでもすでに汚れた違憲立法なのである。
改憲派に優位の広報協議会の「広報」宣伝
両院の各党各派の議員数比率で選ぶ各10名の議員で構成する「憲法改正案広報協議会」をつくる。但し、反対の表決をした会派がゼロになるときは、その会派にも「割り当てで選任できるよう出来る限り配慮する」という。「出来る限りの配慮」だから当てにはならない。せいぜい日本共産党1名、社民党1名、仮りにさらに「配慮して」各院両党1名ずつとして4名。改憲反対派が全くの少数になるのは目に見えている。この改憲派絶対多数の広報協議会は大きな権限を持つ。たとえば、広報協議会は国民に対して「国民投票広報」をつくり配布するとされる。反対意見と賛成意見は「公平かつ平等に行う」とするが、肝心の「改正憲法案の解説」は両派の賛否とは別枠で広報協議会がつくるというのだから、国民が手にする「広報」は結局、賛成2、反対1の内容になる。念のために言えば、「広報」は期間中、何度出してもいい。こうして改憲勢力は「2対1」の比で国の力で大量の「全戸配布」「有権者全員配布」の大量宣伝をすることができる。やろうと思えば、くりかえしてである。
国費による無料宣伝での優位
政党は、各党らの「議員数を踏まえて広報協議会が定めた時間数」でラジオ、テレビを無料で利用できる。新聞についても同じく「議員数を踏まえて、広報協議会が定めた寸法、回数」で無料意見広告ができる。だから単純に議席比で配分すれば、改憲広告放送、新聞広告の枠は「9対1」(以上)になり、ここでも国費―血税―で圧倒的な改憲宣伝がされることになる。
財力・金力による圧倒的優位
その上さらに、カネを出して、マスコミを利用し、広告・宣伝するのは全くの自由となっている。血税から政党助成金を得、マニュフェスト(公約)で改憲を掲げれば、湯水のように資金を与えられる改憲諸政党は、カネで大小様々の広告を利用できる。政党に限らない。財界も、財界の息のかかった様々の改憲派諸団体も、広告を活用できる。マスコミ全国紙の一面に「意見広告」を出すには3000万円位、全国ネットのテレビのスポット広告は、曜日や時間帯で違うが、土、日の日中で30秒で400万円から500万円が相場で、効果的な連続スポット広告は一種類で億円単位と言われている。カネのない改憲反対の諸政党や、九条の会、市民グループなどが現実に利用できるマスコミの有料広告での力の差は、文字どおり「天地の差」になる。当初の自・公案にあり、世論からも、マスコミからも批判されたいわゆるマスコミ規制条項を両党は取り去り、一見、民主化したように装っている。だが与党案も、そして民主党案も全くの同文で国民投票を左右しうる情報宣伝について、改憲に絶対有利な三重のハンディキャップをつくっているのである。当初、マスコミとも対立した「規制」から、マスコミも儲かるカネ(おそらく数10億円)での情報操作(マインドコントロール)への“変身”であり、まさにしたたかなカラクリ立法だといわなければならない。
〈多重ハンディの複合効果―憲法九六条の潜脱〉
すでに述べた三重のハンディがついた、こんな不公正な制度で憲法が“壊憲”されることを憲法九六条がみとめているわけはない。「三分の二」以上の議席を利用して「発議する」ことができても、この発議について国民がどう活動し、どう判断するかについては全く平等に取扱い、国民の自由な意思によって改憲の是非を決することは憲法の大義である。議席の力関係で、改憲派有利の仕組みをつくることは、この当然の大義に背を向け踏みにじる憲法侵害行為である。両法案は、この点においても違憲立法なのである。
〈真実を広げ法案の阻止を〉
憲法を根底から覆す改憲・“壊憲”の手続法であることに加えて、すでに述べてきたような「改憲手続法」のよこしまな内容を訴えれば、九条改憲反対で結集している人々にはもちろんのこと、およそ、不公正なやり方をきらう人々の間に、同法反対の声を広げることができるであろう。それだけではない。汚れた「手段」に固執することは、「目的」の不正を浮かびあがらせることになる。「こんな法律をなぜ急ぐのか、それには反対だ」という声は、改憲そのものが“壊憲”「であり、国民の利益に根本から反するものだという真実をつかんだ声になり、改憲反対の世論を広げ、つよめることにつながるに違いない。そのとき、法案は改憲勢力の弱点に転化することになるであろう。
たたかうのは今である。「改憲手続法」の阻止のために、力をあわせて、いま行動を大きく発展させることが求められているように思われてならないのである。
(自由法曹団通信1205号・2006年7月1日号より)
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