<マスコミ切抜き帳> 2004年6月5〜6日
年金法成立をめぐる各新聞社の社説集

年金国会――これが政治の現実だ(朝日新聞)

 年金は人々の老後を支え、ひいては社会の安定を維持する仕組みである。その将来に不安が高まっている。それをぬぐい、確かな制度をつくるのは、まさしく政治の責任だ。それなのに、この国会は何というありさまか。

 与党による採決の強行と、野党の牛歩戦術の末に、政府提出の年金改革法が成立した。1泊2日の長丁場に、小泉首相は「我慢しなきゃいけないんですね」と、相変わらずひとごとのような口調だった。米国での主要8カ国首脳会議へ出かける前にひと山越えたと安堵(あんど)しているのなら、のんきなものである。

 国会審議を通じて、年金改革に首相と与党が本気で取り組んでいる、という印象をもてた人はどれだけいるだろうか。そのあげく、共産、社民議員らの質問を封じて参院委員会で採決を強行した。

 首相自身も当事者だった未納・未加入問題は、結局ほおかむりだ。議員年金の改革にも手をつけようとはしない。せめて、国民に負担増と給付減を強いる法案くらいはていねいに説明すべきなのに、それさえ怠った。

 確かに内閣支持率は高い。首相はそれにおごってはいないか。有権者は、若き日の彼を勤務実態のないまま厚生年金に入れてくれた「太っ腹の社長」のような人ばかりではなかろう。

 自民党も首相の人気に助けられ、数の力で決着を急いだ。とにかく政府案を通す。それが法案を推進した公明党との連立強化にもなる。ただそれだけだった。なりふり構わぬさまは、政権政党としてみっともなかった。

 民主党も民主党だ。

 米国では議事進行に抵抗するための長時間の演説を「フィリバスター」と呼ぶ。その向こうを張ったのだろうが、身の上話や議事録の棒読みで時間をかせぐなど中身は薄かった。加えて牛歩、乱闘騒ぎ。民主党から出している参院副議長の「散会宣言」という奇策もあった。

 そんな手段を総動員することで、事の重大さを国民に伝えようとしたのだったら、政権に対する攻め方を間違えたとしか言いようがない。

 民主党に期待されているのは、古めかしい国会戦術で抵抗してみせることではない。あなたたちは抜本改革を展望した対案を持っているではないか。それをかざして国会で論戦し、全国で訴え、選挙で有権者に選択を迫ればいいのだ。あんなやり方は有権者をしらけさせる。それが政府を利する結果になったら、くたびれもうけだろう。

 参院選が迫っている。与野党はそれぞれ自前の改革案を競う。それが本来あるべき姿だ。この国会が増幅した年金不信と政治不信の深さを思うとき、あるべき姿と現実の落差に暗然となる。

 しかし、嘆いてばかりはいられない。年金制度という優れて政治的な課題に無残な形でしか結論を出せなかった政党と議員たちを選んだのは、ほかならぬ有権者なのだから。

 

年金法成立 立ち止まらず抜本改革を進めよ(読売新聞) 

 「百年安心」と政府がいくら胸を張っても、信じる人は少なかろう。

 国会の最大の焦点だった年金改革関連法は、参院本会議での採決に二日もかけたあげく、大混乱の中で成立した。

 民主党は、牛歩戦術から、同党出身の副議長による突然の「散会」宣告という奇策まで使って、徹底抗戦した。政治への幻滅は深まっている。

 だが、安心できる年金制度の構築は、政治の責務である。今回の改正は、悪化する年金財政の出血を止める暫定措置に過ぎない。抜本改革へ、立ち止まっている時間などない。

 自民、公明、民主の三党は、年金制度の一元化を含めた抜本改革で合意している。直ちに与野党の協議機関を設置し、改革論議に着手すべきだ。公党間の合意を、反故(ほご)にすることは許されない。

 今後、現役世代はますます減り、高齢世代は増える。ある程度の保険料の引き上げと給付の抑制は、やむを得ない。

 厚生年金の保険料率を徐々に18・3%まで引き上げ、給付水準は現役世代の手取り収入の50%以上を確保する、という今回の改正も、年金財政の厳しい現実を見据えたものといえる。

 だが、この約束の実現性には疑問がある。前提となる少子化や経済情勢の予測が甘過ぎるとの指摘が多い。四割近い国民年金の未納率が、三年後には二割に改善するとのシナリオも楽観的過ぎる。

 そもそも給付水準の「50%以上確保」は六十五歳の給付開始時の話であり、その後は50%を割り込んでしまう。「願望」の数字をもとに、「百年安心」と言い張るのは、やめるべきだ。

 厚生年金も、国民年金も、実質的に赤字の状態だ。三党合意は、結論を出す期限を「二〇〇七年三月」としているが、もっと前倒しすべきである。改正は、それまでのつなぎでしかない。

 年金財政に欠かせない消費税率の引き上げについても、きちんと道筋をつける必要がある。財源が不透明では、どんな改革案も、絵に描いた餅(もち)に終わる。

 複雑な制度の改善も急務だ。一元化は有効な処方箋(せん)となり得る。実現には、自営業者の所得を把握する仕組みが欠かせない。納税者番号制度の導入などについて、検討を始めてほしい。

 七月の参院選に向けて、与野党は一元化に関する具体的な改革案を競い合うべきだ。不毛な批判合戦では、国民にそっぽを向かれる。

 厚生労働省は年金に関するデータを出し渋ってきた。改革論議を進めるためには、情報開示の徹底も重要だ。 (6月6日)


年金国会 これでは不信しか残らない(毎日新聞)

 人生設計を左右する重要課題が、こんな形で決着をつけられてはたまらない……。国民の間には今、政治不信が深く静かに広がっていることを、なぜ国会議員はもっと恐れないのだろう。

 年金制度改革関連法案をめぐり、民主党など野党は4日、関係委員長らの解任決議案などを相次いで提出して抵抗した。だが、それでも抜本改革には程遠い関連法案が、自民、公明両党の賛成多数で成立するのは確実だ。

 今回の最大の責任は、もちろん政府・与党にある。

 問題があるのは法案の中身だけではない。未納問題をきっかけに国民は一段と不信を募らせているのに、自民党は「大したことではない」と言わんばかりに、依然、所属議員の納付状況公表を拒んでいる。勤務実態が疑わしいのに厚生年金に加入していた小泉純一郎首相も同じだ。けじめがまるでついていない中、数の力で参院厚生労働委員会の採決を抜き打ち的に行ったのだ。野党が反発するのは当然だった。

 小泉首相自身が「望ましい」と言い出した国民、厚生、共済各年金を一元化する話はどこへ行ってしまったのか。

 一元化は「07年3月をめどに結論を得る」と自民、公明、民主3党で合意した。ところが、4日決定した「骨太の方針04」では当初原案に検討課題として記されていた「年金の一元化」の文言が最終的に消えた。

 元々、本気でやる気はなく、「今回の改革は小手先だ」という批判をかわすための方便だったと言われても仕方ない。国民は、その無責任さを忘れないだろう。

 民主党にも責任の一端はある。菅直人前代表の未納問題の処理とともに、大きな失敗だったのは3党合意だ。そもそも合意は玉虫色で一元化が実現する保証はない。にもかかわらず合意を急いだのは、菅氏の進退問題も幕引きにしようとした意図が見え隠れした。

 署名したのは当時幹事長の岡田克也代表だ。その点を与党に突かれ、その後の対応を鈍らせた。岡田氏が「今回の案で抜本改革されるのか」と追及しても、首相には、だから今後3党で協議機関を作ると合意したではないか、とかわされるだけだった。本来、政府案をいったん廃案にしたうえで合意するのが筋だったのだ。

 民主党は「与党が横暴だから3党合意は消滅した」と主張し、与党は「民主党は合意を守らず無責任」と反論する。今後は参院選を意識した泥仕合が始まるだろう。

 しかし、国民にとっては、こうして抜本改革の道が閉ざされることこそが最大の不幸である。

 本当に長い期間耐えられる制度を構築することは共通認識だったはずだ。16日の国会会期末まで時間はある。一元化を中心に据えた抜本改革に関し、国会が責任を持って全党が参加する協議の場を直ちに設け、徹底的に議論を始めるべきだ。年金制度の危機にとどまらず、政治そのものが危機的状況にある。それを認識した方がいい。(6月5日)

 

年金抜本改革案作りを早急に始めよ(日経新聞)

 今国会最大の焦点とされていた年金制度改革関連法案は、与党が参院の委員会で採決を強行、成立する見通しだ。野党はもとより与党内にも同法の欠陥を指摘する声が多いにもかかわらず、衆参両院で中身について十分な審議を尽くしたとは到底言えない。改めて抜本改革案を早急に詰めなければならない。与党と民主党の間の3党合意に従って、国会の責任で新たな改革案作りのための建設的な議論を始めてほしい。
 政府・与党の改革法案が不信や不安を与えた最大の点は「厚生年金の保険料を年収の18.3%で固定し、年金給付は平均可処分所得の50%を維持する」という給付と負担の関係である。50%を確保できるのは一部の世帯であり、共働きや独身世帯ではそれを大きく割り込むことや、当初は50%であっても年が経つにつれて減っていくことなどが明らかになった。また50%を維持するには保険料をさらに引き上げる必要があるという政府答弁もあり、ますます不信を招く結果となった。
 スウェーデンが採用した改革案は保険料を18.5%で固定し、給付は経済の動向による自動調整という合理的な内容である。政府も当初はそれを参考にしたのだが、給付もあまり下げずに国民に安心感を与えようとしたところに無理がある。「100年安心プラン」どころか、かえって不安を増幅させてしまった。選挙を意識した口当たりのいい案に国民が素直に喜ぶ時代ではない。保険料が高くなれば納めない企業も増え、かえって財政を悪化させる。
 民主党はやはりスウェーデンの「所得比例年金に一本化」という対案を提示した。せっかく検討に値する案を示しながら「保険料は現行の13.58%で据え置き、給付は50%を維持する」など、どう考えても実現不可能な内容であるため、論議の対象とならなかった。これも国民への甘い提案としか思えない。
 厚生年金だけでおよそ450兆円の積み立て不足がある。年金額を下げてそれを減らすか、負担を増やして埋める(あるいはその両方)しか選択の余地はないのである。口当たりのいい改革案は存在しない。一方で社会保険庁による保険料の無駄遣いや周知の不徹底などの問題も改めて浮き彫りになった。国民に苦い選択を求めなければならない以上、そうした課題も徹底的に改革しなければならないのは当然である。3党合意に従って国会に常設機関を作り、早急に正直な議論を開始してもらいたい。参院選での各党の具体的な改革ビジョンも注視したい。(6月5日)