159通常国会閉幕 6月16〜17日の各紙社説
朝日新聞(6月17日)
国会が終わり、政治の焦点は参院選挙に移った。春の「べたなぎ」政局から一転、年金をめぐる大混乱と与野党激突のなかでの閉幕だった。5カ月の会期を振り返れば、主役はやはり小泉首相。歴史に残る答弁が目白押しだ。
まず、勤務実態がないのに会社から給料をもらい、厚生年金にまで入っていた履歴を突きつけられての「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」。30年以上前のこととはいえ、国民の年金不信、政治不信が沸騰するなかでの一言だった。世間離れしたその感覚に眉をひそめた自民党員も多かろう。
自民党として所属議員の年金未納歴を公表しない理由が「自由と民主ですから」というのにも恐れ入った。
もう一つの争点だったイラク問題。「意見が違うからといって、説明できていないというのはおかしい」。自衛隊の派遣をめぐって国民が抱き続ける疑問に丁寧に応えようという姿勢は、最後までうかがえなかった。有事法制では「備えあれば憂いなし」の一点張りだ。
靖国神社への参拝に違憲判決が出ると「おかしいねえ、なぜ違憲かわからない」。司法府の判断を意に沿わぬからと、単純に切って捨てる。これが民主主義の国の首相の言葉だろうか。
小泉首相の高人気を支えてきたのは、言葉の歯切れの良さと一徹さ、2度の訪朝に見られる行動の大胆さだろう。利権調整型の政治家にはない新鮮さで、既成のしがらみを打ち破ってほしい。多くの国民がそんな期待を込めた。
だが、就任から3年を過ぎた今、小泉政治には明らかにほころびが見える。
ブッシュ米政権の戦争を支持し、自衛隊のイラク派遣にも踏み切った。北朝鮮問題をかかえている日本には、米国に協力する以外の選択肢はない。小泉政権はそう主張してきた。国民のなかにも、ならばやむを得ないと考えた人もあろう。だが、結果は出ただろうか。
日本が切望する核問題の平和的解決は、米国が動かなければ実現しない。ところが、先週の日米会談で首相が米朝の協議を働きかけても、ブッシュ大統領は2国間の話し合いを拒んだという。
曽我ひとみさん一家の再会についても大統領は「一緒に暮らせるなら日本でなくてもいいのでは。北朝鮮ではだめなのか」と語っていた。首相は平壌で夫のジェンキンス氏に来日を直接説得し、その際「私が保証する」と述べたが、この「保証」とは何だったのか。
両首脳の行き違いは、日米同盟の実像が実は国内向けに首相が語るものとはだいぶ違うのではないかと感じさせる。
構造改革のほころびも、威勢の良さだけではつくろいきれなくなった。歯切れの良さが理屈抜きの強引さと表裏一体であったことは、年金審議が物語る。
景気回復にも助けられて内閣支持率はなお高い。とはいえ、政権に厳しい評価が出やすいのが参院選だ。ひょっとすると、ひょっとするかも知れない。
読売新聞(6月16日)
[通常国会閉幕]「政治が負った『信頼回復』の責任」
通常国会が閉幕し、各政党は参院選へ本格的に動き出す。
有権者は参院選で、何を、どう選択するのか。その判断の基礎となるべき国会だった。しかし、多くの有権者は困惑し、政治への信頼も揺らいだのではないか。
何よりも問題だったのは、年金改革関連法の処理である。
法律自体は、年金財政の破綻(はたん)を防ぐことに主眼がある。だからこそ、一刻も早い抜本改革が必要、という認識から、自民、公明、民主の三党は衆院の段階で、年金制度の一元化を含む抜本改革論議を始めることで合意したはずだ。
ところが、民主党が、「未納」問題を与野党対立の焦点にした結果、肝心の抜本改革論議は棚上げされ、国民の年金不信を増幅させるだけに終わった。
民主党の幹部は「三党合意は事実上、白紙」と公言した。参院本会議の採決では、民主党は歴史の歯車を逆に回し、牛歩戦術で保革対決時代の「何でも反対」の旧社会党同然の姿をさらけ出した。三党合意に基づく与野党協議は、今後、行われるのかどうかも、分からない。
自民党も民主党も、参院選の公約に、「年金一元化」を掲げている。だが、具体論はまったく示されていない。今からでも遅くはない。参院選に向け、年金制度の抜本改革の具体像と工程表を有権者に提示し、競うべきである。
年金改革関連法をめぐる混乱は会期末まで続いた。それでも、国民保護法などの有事関連法や、北朝鮮船舶を想定した入港禁止法が会期末ぎりぎりで、民主党も賛成して成立した。辛うじて責任政党の姿勢を示したのだろう。
年金改革関連法と同様に、有事関連法も入港禁止法も、自民、公明、民主三党が衆院段階で修正合意した。参院では粛々と成立するはずだった。国民不在の政争で、公党間の合意を軽視した結果、議会政治、政党政治への信頼が損なわれたのは、極めて憂慮すべきことだ。
今国会では、“良識の府”とされる参院が政争の主舞台になった。参院や、衆院優位のはずの日本の議会制度のあり方にも、問題を投げかけた、と言える。
国会終盤で浮上した、イラク派遣の自衛隊の多国籍軍参加問題が、参院選に向けて争点となりそうだ。国際社会の中で日本が果たすべき責任と役割という観点から、政策判断として冷静に考えるべき問題だ。憲法解釈をめぐる不毛な“神学論争”の具にすべきではあるまい。
政治の責務は、経済・社会の改革や平和と安全の確保のために必要な法整備や政策遂行だ。今国会で政治が負った課題は、何よりも信頼回復である。
参院は「良識の府」と呼ばれていた。政党間対立が露骨な衆院とは異なり、議員一人一人の見識と良心が優先される立法府と位置付けられていたからだ。
その一方で、政党化が進み「衆院のコピー」とも酷評されている。衆院に小選挙区比例代表制が導入されて以来、選出制度までもが酷似し、参院の独自性は一段と発揮しにくくなった。改憲ムードの高まりで、「参院廃止論」も出始めている。
最高裁判決で「現状のままで次回選挙を行えば違憲の余地」と指摘されていた定数是正も、放置されたまま7月の参院選は実施される。参院の存在そのものが、最大のテーマになる選挙が実質的にはすでに始まっている。
今国会での最大の対決法案、年金改革関連法の参院での審議は、最後まで迷走に迷走を重ねた。55年体制下での審議状況をほうふつさせる場面が何度もあった。
毎日新聞の世論調査によると、6割が年金法は今国会で廃案にすべきだとの意見だった。半面、小泉政権の支持率は最新の調査では5割を割ったが、歴代政権に比べると依然高い。
世論はねじれ状況にある。「良識の府」を自任するなら、参院は政治の場でこれを調整すべきだった。だが、参院での年金法審議は散々な結果だった。政党エゴが丸出しとなった。専門的観点から、国や社会の長期ビジョンを国民に提示すべき参院の特性は、まったく顧みられなかった。
昨年の総選挙で民主党が躍進し、衆院では自民党との2大政党化時代が到来しつつある。民主党は夏の参院選で更なる飛躍を図り、次期総選挙で政権奪取を目指している。一方、自民党は「参院の独自性発揮」をマニフェストに掲げるが、今回の参院選を「中間選挙」とも位置付けている。公明党との連携で勝利し、小泉政権の安定度を増す作戦だ。与野党ともに政党化を促進させている。
今回、引退する斎藤十朗元参院議長が、議長当時の私的懇談会でまとめた参院のあり方提言は示唆に富んでいる。首相指名選挙の廃止や閣僚などへの就任自粛など政党化の要因を排除する一方、政策評価、決算審査、各種基本法などの審議を重点的に行うよう提案している。
参院の選挙制度は元々は全国区と地方区の2本立てだった。別名「銭酷区」などと呼ばれた全国区は、83年の参院選から比例代表制に移行した。当初は各党とも学識経験者を比例代表名簿の上位に掲載、「良識の府」の復権を目指そうとしたこともあった。
だが、比例代表は非拘束名簿式に改められ、候補者自身の集票能力が当落のカギになっている。自民、民主両党も、支援団体推薦候補に加え、衆院選候補からの転戦組や人気タレントも目立つ。
参院が問われる今回の選挙であることを、政党、候補者さらには有権者も再度、想起すべきだ。
おごり、無責任、説明の欠如……。振り返れば、小泉内閣の実像がよく見えてきた通常国会だったと言えるかもしれない。
国会は15日、野党の内閣不信任案が否決され、16日閉会する。だが、年金未納問題のけじめはつかず、年金制度抜本改革や自衛隊の多国籍軍参加など重要課題は消化不良のままだ。国民の政治不信は薄らぐどころか増幅している。
小泉純一郎首相と与党は、不信の目がまず自分たちに向かっていることを直視すべきである。4年目に入った小泉内閣を有権者はどう評価しているのか。参院選はそれが問われる。
今国会は、年金やイラク問題だけでなく、司法制度改革や道路公団改革など国のあり方を左右する大きなテーマが目白押しだった。昨秋の衆院選で自民、民主両党の2大政党化が強まり、これまでと違った政策論争が期待された。
しかし、期待は裏切られた。福田康夫前官房長官や菅直人・民主党前代表の辞任など場外戦はにぎやかだったが、「7月に参院選があるから会期延長できない」を理由に日程消化を急ぐばかりで、年金をはじめ本筋の議論は一向に深まらなかった。
責任の大半は政府・与党にあると国民が感じているのは、先の毎日新聞の世論調査から明らかだ。内閣支持率は46%で、首相の再訪朝直後の前回5月に比べ12ポイント急落。訪朝効果は1カ月足らずで消失し、もはやサプライズ手法だけでは立ち行かなくなっている。
年金制度改革法は70%もの人が「評価しない」と回答し、与党の強行採決も「納得できない」が67%だった。自民党は依然、所属議員の年金納付状況公表を拒否。しかも、改革法の前提となる人口推計を疑わせる出生率のデータ公表は同法成立後だ。都合の悪いデータは隠したり後出しする、と多くの人が感じたに違いない。
首相の答弁は一段と乱雑になった印象だ。勤務実態が疑わしいのに厚生年金に加入していた自身の問題について「人生いろいろ。社員もいろいろ」と軽口をたたいたのが象徴的だ。国会、いや国民を甘く見ているのか。国民は首相の改革志向に期待を寄せていたのに、無責任な答弁は、そんな期待も帳消しにしてしまう。
民主党が不満の受け皿になっていないのも事実だ。先の世論調査では、自民党の支持率は32%で前回調査と同率。岡田克也代表に代わった民主党は16%で前回より2ポイント増に過ぎない。特に今国会で、年金抜本改革に関して自民、公明両党といったん結んだ3党合意は、年金改革法の今国会成立を事実上容認し、菅氏の進退問題も幕引きしようとした意図が明白で、民主党も政治不信に加担した。
だが、嘆いてばかりもいられない。国民の側も「政治家は信用できないから」と政治への関心を失ってはならない。近づく参院選は、一人ひとりの投票行動によって不信や不満を政治に反映させる好機ととらえよう。国会議員がけじめをつけられないのなら、有権者がつけるほかないのだから。毎日新聞 2004年6月16日 0時27分
第159通常国会が閉幕し、与野党は6月24日公示、7月11日投票の参院通常選挙になだれ込む。通常国会は前半はイラクへの自衛隊派遣問題が、後半は年金改革が大きな争点になったが、いずれも議論が尽くされたとは言い難い。各党とも参院選で年金改革やイラク問題で徹底論戦を展開し、謙虚に有権者の審判を仰ぐべきである。
通常国会では2004年度予算のほか、年金制度改革法、道路公団民営化法、有事関連法、裁判員法、金融機能強化法など重要法案が軒並み成立し、イラクへの自衛隊派遣も承認された。有事関連法が与党と民主党の共同作業で、また裁判員法が全会一致に近い形で成立したのは評価できる。しかしイラク問題や年金改革では与野党が激しく対立した。
イラクでの自衛隊の人道復興支援活動に対する内外の評価は高い。新しい国連決議によって自衛隊の活動には大義名分もより明確になった。しかし、多国籍軍参加の形式になると憲法との兼ね合いや指揮権の問題などについて改めて議論が必要になってくる。政府与党は多国籍軍参加問題を丁寧に有権者に説明し、参院選の民意を踏まえて次期臨時国会で国会承認の手続きをとることが文民統制の面からも望ましい。
後半国会は閣僚や有力議員の国民年金保険料未納問題で大荒れになった。福田康夫前官房長官が辞任し、菅直人前民主党代表も辞任に追い込まれた。年金未納問題は年金制度の複雑さを浮き彫りにし、社会保険庁のあり方にも批判が集中した。
「給付は現役世代の5割を確保する」としてきた政府の説明が不正確であることも判明した。年金改革法成立直後には年金改革の前提になる出生率が当初見込みより低い1.29になったことも明らかになった。年金改革法の評判は悪く、有権者の年金不信はピークに達しつつある。与野党とも参院選では年金改革の将来ビジョンを提示し、参院選後直ちに「三党合意」に沿って抜本改革に向けた協議に入るべきである。
通常国会を乗り切った小泉純一郎首相にとって今回の参院選は自民党総裁任期切れまでの今後2年余りの間、政権を安定して維持できるかを懸けた選挙になる。一方、就任間もない岡田克也民主党代表にとっては9月の代表選挙以降も党首の座にとどまれるかを懸けた戦いになる。
参院選は衆院選のように与野党が政権を争う選挙ではないが、有権者にとっては年金改革やイラク問題など当面の政策課題に最新の民意を注入するよい機会である