宮里邦雄 日本労働弁護団会長
労基法、職安法、労働者派遣法が、規制緩和のターゲットになってきたのは、1985年の労働者派遣法の制定にはじまる。当時、私は総評弁護団幹事長として「派遣法は今後の日本の労働法制をかえる規制緩和の流れの端緒になる」と反対した。その後、事態はまさに指摘したとおりとなった。今回の法改悪は、その流れをさらにおしすすめようとするものだ。
労働側ニーズ論がよくいわれるが、それは口実だ。この間の変更は、使用者のニーズ、資本の要請で行われ、政府はそれを後押している。資本の要請は、雇用の多様化、流動化、雇用しやすい仕組み。労働者は可能な限りコストを下げ、働かせやすくする。こうした資本の戦略に沿って、労働法制を使い勝手よく修正していこうというのが、この間の労働法制の規制緩和の流れだ。
1.解雇ルール問題
解雇について、今回の労基法「改正」法案要綱には「最高裁判例をもりこんだ」と厚生労働省はいうが、はたしてそうか。解雇権濫用の判例法理を「足しも、引きもせず明文化する」ということにはなっていない。解雇権濫用法理とは、民法の解雇規定が憲法の生存権保障の妨げとなるため、民法を修正するものとして、多くの裁判を通してつみあげられたもの。決して、解雇自由を原則とし、例外的に規制する法理ではない。日本食塩事件、高知放送事件判例をみても、「解雇することはできる」とは書いていない。解雇するには正当な理由が要る、というのが重要だからだ。
取り引き自由、契約解消自由の民法は、明治にできた規定。これをなぜ、労基法という労働者保護法に、もりこまなければならないのか。使用者は「何々することはできない」「しなければならない」と書き、刑罰をもって労働の最低基準を使用者に守らせるのが労基法である。「することができる」は、例外規定だけだ。ところが、今回の法案要綱は、冒頭に「使用者は解雇することができる」とくる。これは異様であり、労基法とは相容れない。
解雇事件の立証責任は使用者にあるとの裁判実務は固まっている。しかし、今回の法改悪が具体化されると、「条文がそうなっているから、立証責任は労働者にあるのでは」と裁判所は解釈する可能性がある。立証責任は、条文構造の解釈によって決められるからだ。厚生労働省は、立証責任は使用者にあると明言し、国会付帯決議をつけてもいいと言うが、付帯決議は裁判所を拘束しない。立証責任が使用者にあることが条文上わかるように明記する以外にない。
そもそも、解雇自由を労基法にいれる社会的な意味は何か。これは誤ったメッセージを使用者に送る可能性があり、非常に問題だ。立証責任の問題は、具体的な裁判になってからの問題だが、裁判になるのは氷山の一角。社会的な行動規範としての法の意味からして、解雇自由規定には問題がある。
今回の法案、わたしたちは反対せざるをえない。解雇できるという条文は削除せよとの運動をみなさんと展開し、解雇権濫用法理を正しく条文化した立法をさせるよう取り組みたい。その運動に全力をそそいでほしい。修正は、不可能ではない。政府側の提起は、説得力も、立法としての整合性もない。我々の主張のほうが正当性がある。
危惧してきた金銭解決による雇用契約終了法案は、幸いにして法案要綱から削除された。我々も、みなさんも、厳しい批判と運動を展開し、その力で削除させた。わたしは様々な立法にかかわってきたが、審議会の答申の重要な柱が、法案要綱から外れたことははじめてではないか。彼等は諦めたわけではなく、将来息を吹き返す可能性はあるが、今回断念させたことは、非常に大きな成果だ。この大きな成果に確信を持って闘えば、「解雇自由」を撤回させることは、望みなきにあらず、と思う。
2.有期雇用契約問題
98年の労基法改正では、専門的労働者の有期雇用の上限を3年に拡大した。そのときから、有期雇用労働者の保護もあわせてやるべきといってきた。しかし、今回も保護対策はおこなわれないまま、原則1年を3年に、特例を3年から5年に延長し、有期雇用を拡大しようとしている。
有期雇用労働者は常に雇止、更新拒否にさらされ、きわめて不安定な状態におかれたまま、契約の反復更新をされている。そして、雇止のときは「期間満了で解雇でない」と使用者は言う。つまり、解雇権濫用法理を脱法する方法として有期雇用は利用されているのだ。さらに、有期雇用だからとの理由で、きわめて不合理な賃金格差をも強いている。
問題なのは契約更新の際の労働条件引下げだ。カンタス航空が典型だが、期間満了で契約更新をする際、大幅に下げた労働条件に同意すれば契約するが、同意しなければ契約しない。しかもこれは解雇でない、というやり方をする。新しい労働条件による新しい契約だとして、労働条件変更の法理を無意味にしてしまう。ヒルトン・ホテル事件もまさにそうだ。
さらに、団結上の問題もある。労働組合結成を察知すれば、雇止される。有期雇用形態をとることで組織化を阻止できる。組合に入らず我慢する労働者を雇用するという、団結権抑圧契約という性格を持っている。
有期雇用は、ドイツやフランスのように臨時的・一時的な雇用形態とすべきであり、濫用を認めないことが必要だ。しかし、今回、そういう配慮はない。この点については、審議会のなかで、労働側から強い異論がだされている。これも、立法化のなかで有期雇用労働者の雇止の規制、導入の規制など、有期労働者の保護を強く求めていく必要がある。
常用雇用への有期の代替にならないような、立法的歯止めをきっちりさせていかなければならない。労働者の3割はパート・臨時などの有期雇用労働者。これをどんどん増やそうとする使用者の戦略は、裏返せば、正規雇用を圧縮しようという雇用戦略。雇用しやすくするルールは、解雇しやすくするルールでもある。適切な、有効な、労働者の立場に立った歯止め措置を作らせる必要がある。
3.裁量労働制問題
裁量労働についても、歯止めを緩やかにし、企画業務型を採用できる事業所を増やそうとしている。裁量労働のもとでの過労死があらわれてきている。労使委員会で決議することだから、労働側がしっかりしていれば、比較的問題はないかもしれないが、実態は明らかに裁量労働をきっかけにして、賃金の対象にならない時間が増え、労働時間が長期化している。東京都の裁量労働の実態調査みても、裁量労働下では従来より労働時間は長くなり、しかも賃金は低下している。厳格な歯止めをかけるのは労基法の立場からして当然だ。とりわけ、ホワイト・カラー職場では、定型的な一日8時間労働が少数となって、裁量労働が一般化するおそれがある。厳格な要件を主張しなければならない。
4.派遣法問題
今回、派遣法については、さらに抜本的な転換を定着させ、派遣労働そのものの性格を変質させるような改悪がおこなわれている。一時的・臨時的な派遣については、従来1年という上限規制があったが、これを3年にする。上限規制1年は派遣を臨時的なものにし、常用代替をふせぐためのもの。これを3年にするのは、大きな変質になる。新卒派遣、紹介派遣など、使用者の選択肢は多様化されている。今回の派遣法改悪によって、2001年統計で175万人。おそらく現在200万人にはなっているであろう派遣労働者が、大きく増える可能性が高い。
99年派遣法改正のとき、当分の間は対象としないとした製造現場にも、合法的に導入されることになる。従来は、業務委託契約とか業務処理契約というかたちで、派遣法を脱法するような労働者の受け入れがおこなわれてきた。この明らかな脱法に対し、派遣法に基づいて許さない、という姿勢をとるべきなのに、「だったら、派遣として容認しよう」というのが今回の提案だ。
紹介予定派遣。これまで派遣先の事前面接は禁止されていたが、それを解禁する。こうなると、使用者側は、求職者を最初、派遣労働者としてテストすることができるようになる。3年の長期の試用期間で勤務実績を見て、本採用。必要がなくなれば契約解除とする。
派遣法についても、決して労働者保護の立場からみて望まれる改正ではなく、明らかに、労働者保護を後退させ、使用者側の権限を拡大する改悪をしようとしている。これを許さない取り組みを皆さんとともにすすめ、労働者保護のための労基法、派遣労働者法を守り、均等待遇という我々ののぞむ本来の方向を対置してたたかいたい。
みなさんは組織された労働者の部隊だが、このような法制ができることで有期雇用、派遣労働が増えると、みなさんの団結基盤が切り崩される。労働者保護法の後退は、団結の後退につながり、労働組合運動そのものの問題である、ということを訴えて、みなさんの熱い取り組みをお願いする。労働弁護団としても改悪反対の声を上げていきたい。
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