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2010年4月19日

【見解】「派遣法」改正法案閣議決定に対する労政審意見書についての見解

全国労働組合総連合(全労連)
常任幹事会

 さる2010年4月1日に開催された労働政策審議会(「労政審」)で、「労働政策審議会による答申等の尊重に関する意見」(意見書)が採択され、長妻厚生労働大臣に手渡された。
 全労連は、労働者派遣法「改正」法案の閣議決定にあたっての事務局長談話(2010年3月19日付)でも述べているように、労働政策の立案過程で政府が公労使三者の合意形成場を設け、その論議の結果を尊重することは、国際的な流れからしても当然のことだと考える。しかし、今回出された労政審の意見書には必ずしも賛同できない部分もあることから、全労連としての見解を明らかにすることとした。

1 労政審答申の一部を修正した法案閣議決定は、不十分さはあるものの、労働者の要求と運動が反映した前進的なものである
(1) 2月17日に厚生労働大臣が諮問し24日に労政審が「おおむね妥当」とする答申を行った。今回の労働者派遣法改正法律案要綱に対しては、08年秋以降に「派遣切り」にあった労働者やその不当性を追及してたたかっている労働組合はもとより、日本弁護士連合会をはじめとする法曹関係者からも強い批判が上がっていた。
それらの批判は、改正法案要綱が、08年秋のリーマンショックを契機とする製造業などでの「派遣切り」を規制する内容となっておらず、加えて労働者保護に逆行する改悪内容さえ含んでいることに向けられていた。

(2) 法案閣議決定の段階で、派遣先企業の「事前面接」を解禁するという労働者保護緩和の改悪事項が削除されたことは、法案要綱が明らかになった後に寄せられた多くの批判のうち、労働者要求の一部に応えた前進的なものと言える。
 その点で、今回の法案閣議決定を批判する立場で「公労使三者合意の尊重」を過度に主張することは、審議会を隠れ蓑に、派遣切りなどにあった労働者や、製造業大企業などの理不尽な行為を正すためにたたかっている労働者・労働組合、法曹関係者などの切実な要求を「抑え込む」ことにもなりかねない。
 以上のような立場で労政審から出された今回の意見書を見ると、「公労使三者合意の尊重」という一般論、形式論のみの強調には違和感を抱かざるを得ない。

2 労働政策決定にかかわる審議会の役割は重要だが、その機能の十全な発揮のためには委員会の構成も問われなければならない
(1) 労政審は、厚生労働大臣などの諮問に応じて、労働政策に関する重要事項を調査審議することとされている(厚生労働省設置法第9条など)。この点では、厚生労働省設置法第7条に規定される社会保障審議会などと同様に「基本的な政策の審議及び答申」を行う審議会であり、政策決定過程への国民参加を具体化する機関だと考える。
 同時に、「国際労働機関(ILO)の諸条約においても、雇用政策について、労使同数参加の審議会を通じて政策決定を行うべき旨が規定され(中略)、労働分野の法律改正等については、労働政策審議会(公労使三者構成)における諮問・答申の手続が必要とされています。」(厚生労働省ホームページから)とされるように、国際労働機関(ILO)の機構の特徴である「政労使三者構成原則」の日本国内での具体化ともかかわってその役割が位置づけられており、その点で他の審議会とは異なっている。

(2) 一般的に言って、労使の利害は厳しく対立することから、政策決定の過程での調整の仕組みが必要である。その調整の仕組みは、「マクロな政治的意思決定原理としての三者構成原則は、ミクロな社会的意思決定原理としての労使二者構成原則が基盤」(ミネルヴァ書房・「労使コミュニケーション」297ページ、濱口桂一郎「労使関係のアクターたち」)と指摘されている。
 このような指摘もふまえれば、労政審の構成は、労働基本権の保障という憲法的な意味での正当性も考慮される必要がある。とりわけ、憲法第28条などの規定が「複数労働組合」を前提にしていることを指摘したい。

(3) 以上の立場からして、労政審意見書が「雇用・労働政策の企画立案に不可欠であり、ILOの三者構成原則に基づく非常に重要な意義を有する」と述べていることへの異議はない。 
 しかし、同時に指摘しなければならない点は、労働者の中にも多様な意見が存在することである。少なくともわが国には、労働者の意見を代表しうるナショナルセンターが複数存在していることは、労働政策審議会の構成で考慮されるべきであるが、現状では実現していない。このことの問題・ゆがみが集中的にあらわれたのが、今回の労働者派遣法「改正」の経過だと考える。

3 ILO「三者構成原則」と労政審との関係及び、政策決定過程における審議会の位置づけについての整理が必要である
(1) 厚生労働省のホームページで、三者構成原則との関係で紹介されているILOの諸条約は、「フィラデルフィア宣言(1944年)」、「職業安定組織の構成に関する条約(第88号・1953年に批准)」、「国際労働基準の実施を促進するための三者の間の協議に関する条約(第144号・2002年に批准)」である。
 これ以外に「労働行政条約(150号条約)」もあるが、日本は批准していない。
 第144号条約は、その正式名称が「国際労働基準の実施を促進するための三者協議に関する条約」であるように、協議の対象範囲は「ILO総会の議題に関する質問書への政府回答及び事務局案への政府の意見」などに限定されている。
 一方で、第150号条約では、その目的が「使用者及び労働者組織の参加による有効な労働行政の確立」におかれ、機能と責任が適切な形で調整された労働行政の制度を組織し、効果的に運営すること」が義務付けられている。この第150号条約未批准の理由を十分に承知しないが、日本国内での労働政策決定にかかわる三者構成原則の整備と運用の不十分さは、条約未批准ということからも推測される。

(2) 労政審の構成等をさだめる「労働政策審議会令」の第3条では、その委員は「労働者、使用者を代表する者及び公益を代表する者のうちから、厚生労働大臣が各同数を任命する」とされている。また、臨時委員及び専門委員は、「関係労働者、関係使用者を代表する者及び公益を代表する者並びに障害者を代表する者のうちから、厚生労働大臣が任命する」とされている。
 先に触れたILO第144号条約では、協議の当事者を「代表的団体(最も代表的な使用者団体及び労働者団体)」とされ、この条約との関係でILOが、「日本の労働者を代表する団体」が連合(日本労働組合総連合会)だとしているのは事実である。
 しかしILOは一方で、全労連が申し立てた労働委員会の不公正任命問題での案件にかかわって「労使関係の観点から極めて重要な役割を果たしている労働委員会やその類似機関の構成の公平さに関するすべての労働者の信頼が回復されることを目途に、すべての代表的組織に公正で平等な扱いにする必要がある」(結社の自由委員会328期報告パラ444-447)とも指摘している。
 「国際労働基準の実施促進」というある意味で技術的分野の問題と、労働者の労働条件、権利などに直接影響する労働政策決定での労働者代表のあり方は異なるとILOは考えていることが推測される。厚生労働省のホームページの説明は、この点が曖昧である。

(3) さらに、労働政策審議会令の規定や、1945年設立時の労働委員会(労働組合法)が「労働条件の改善に関し関係行政庁に建議する」という労働政策への参加機能も有し、ごく最近まで存在した船員中央労働委員会は船員労働立法への参加機能を持っていたことをふまえても、労政審委員の構成には公正さの視点での吟味が必要である。

(4) 「三者合意」論は、法案の国会審議の場でも乱発されているが、そのことは現政権が政策決定における「政治主導」を強調していることと齟齬して、労働政策では「審議会主導」の政策決定システムがめざされていることにもなりかねない。
 「政治主導」を持ち出すまでもなく、国会提出の法案についての説明責任は内閣(担当大臣)にあり、その決定過程でいかなる論議があったとしても、最終的な責任を負うのは内閣である。
 「審議会における三者の合意」を強調するあまりに、内閣の法案決定責任を曖昧にし、あるいは国会審議段階での修正すら否定するような意見も一部からは聞こえるが、それは憲法の原理と相容れないものと考える。

4 今回の労働者派遣法「改正」法案の審議経過には労働者の意見が十分に反映され、審議が尽くされたとは言えない
(1) 今回の労働者派遣法「改正」にかかわる労政審での審議経過をたどると、いくつかの問題点が浮上する。
 その一つは、厚生労働省の当初の諮問内容が、労働者保護の規制緩和を含んでいたにもかかわらず、その点の論議が不十分だったことである。
 その背景には、前政権時に任命され、先の通常国会に提出された労働者派遣法「改正」法案にかかわった労政審委員などによって継続した審議が行なわれたことがある。
 労働政策審議会・需給調整制度部会長は、厚生労働大臣の諮問が示された10月17日の部会で「(労働者派遣制度については)昨年、当部会でかなりの時間をかけて議論をした上で、一部少数意見はありましたが、労使各側とも合意ができる内容について、これをとりまとめ、建議及び答申を行ったところです。これは当部会としての合意であると考えておりますので、今回、新たに議論を行うに当たっても、まずこれを尊重していただきたいということです。」と述べている。なお、労働側委員も「部会長が言われた第170回の臨時国会に提出された政府提出の法案を、もう一度きっちり出すということ」と、これに応じていることが議事録に残されている。
 このことからして、今回の意見書が問題とした「事前面接解禁」について、労政審はふみこんだ議論を行う姿勢が希薄であったと言わざるをえない。

(2) その二つは、12月28日の労政審答申以降の論議経過である。答申には、多くの関係者から反対や批判の声が高まったが、それは労政審の論議にほとんど反映していない。
 12月28日の労働政策審議会の厚生労働大臣への答申は、派遣先企業による「事前面接解禁」など前通常国会に提出された労働者保護の規制緩和部分を引き継ぐとともに、製造業派遣禁止を言いつつも派遣元企業での「常用雇用」を禁止の例外とする「抜け穴」が準備されるなど極めて問題の多いものであった。
 このような答申内容には、全労連、その他の労働組合はもとより、日本弁護士連合会(2010年2月19日)、日本労働弁護団(2010年2月4日、3月5日)、自由法曹団(2010年1月21日)などの法曹関係者からも、労働者の権利保護の立場からの修正を求める意見が表明されていた。そのような広範な団体等からの批判に対し、政府はもとより労政審委員の一部からも「公労使三者の合意」論が強調されて改正法案要綱案の論議が進められた。
 厚生労働省は、閣内にもあった反対意見を押し切り、12月28日の答申にそった「改正」法案要綱案を2月17日に労働政策審議会に諮問し、2月24日の職業安定分科会で「全会一致」で了承されている。
 このような経緯は、「改正」内容の正当性や妥当性から批判に応える努力を尽くさず、「三者合意」論で反対意見を封じ込めようとしたものとも言える。

(3) その三つは、労働政策審議会の審議結果が、政府の法案作成段階で修正されたことは今回が初めてではない。
 2007年3月に、労働契約法案と労働基準法「改正」法案が閣議決定された。その法案決定の経過では、いわゆるホワイトカラーエグゼンプション制度の導入が問題となり、労使の意見が対立する中、公益委員の取りまとめで、同制度の導入を求める答申が2月に行われた。その後の閣議決定段階で同制度の導入事項などは削除されて労働基準法「改正」法案が国会に提出された。その際に、労政審からはなんらの意見書も提出されていない。
 2007年3月の閣議決定にあたって古賀伸明・連合事務局長(当時)は、「ホワイトカラーエグゼンプションと企画業務型裁量労働制が削除されたことは、構成組織・地方連合が一体となった運動の成果である」と述べていたと伝えられる。
 一方、今回の労働者派遣法改正法案決定にかかわる連合事務局長談話では「答申が修正されたことは本意ではなく」としている。
 2007年3月と今回の法案閣議決定時の連合の対応の違いが、閣議決定段階で修正された内容の差であるとも考えられる。労働者や法曹関係者から厳しい批判が寄せられる審議結果であったにもかかわらず、その点には触れないまま「審議会での労使の調整」のみを強調することでは、その代表性に疑問を投げかけざるを得ない。
 労政審・労働側委員の構成をより多様な意見を反映するものとしていくことの必要性を重ねて述べておきたい。

おわりに

 ILOが2006年の第94回総会で採択した「雇用に関する勧告(第198号)」では、「最も脆弱な労働者」に「効果的な保護を確保する国内政策」を求めている。今回の労働者派遣法改正は、「生産の調整弁」として労働者が扱われた「派遣切り」の多発などを契機に行われた。そのことをふまえれば、「派遣切り」にあった労働者の意見聴取や意見反映の工夫も行う必要があったと考える。
 労使の対話の重視と同時に、「最も脆弱な労働者」に焦点をおいた対話の努力もILOの求めるところであることを指摘しておく。

以 上

 
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