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2015年2月27日

厚生労働大臣
塩 崎 恭 久 殿
労 働 条 件 分 科 会 会 長
岩 村 正 彦 殿

全国労働組合総連合
議長 小田川 義和

「今後の労働時間法制等の在り方(報告)」の内容と扱いについての意見
―法案要綱の作成作業を中止し、審議をやり直すべきである―

 2月13日の第125回労働政策審議会労働条件分科会においてとりまとめられた「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」(以下「報告」と略記する)は、労働者側委員から強い反対意見が出されているにもかかわらず、それらを報告の結論に反映させずに、単なる異論として併記するにとどめ、働き過ぎの防止、長時間労働の抑制に向けた実効ある措置をほとんど提起せず、長時間労働と過労死を招きかねない規制緩和を労働基準法に施すことを求めている。
 過労死をもたらすほど深刻な長時間労働問題を認識しながら、正反対の効果をもたらす可能性のある政策を求めた安倍政権と、政権の意図を最優先した「報告」の不当な内容、三者構成原則を軽視した強引な審議会の運営に対し、全労連は厳しく抗議する。同時に、政府ならびに労働政策審議会に対し、今回の「報告」に基づく法案要綱等の作成を止め、労働政策審議を続行し、労働者側の主張を十分に取り入れることを強く求め、以下、「報告」に対する意見を述べる。

I 労働時間法制の在り方についての議論と経過に関わる総括的な意見
1.労働時間をめぐる情勢認識
 過労死ラインでもある週60時間以上働く人は全雇用労働者の8.8%、男性30代では17.2%もいることは「報告」にも記載されているとおりである。また、今回の審議の論点からもれているが、健康に有害な深夜交替制労働に従事する労働者は1200万人もいるとの推計もある。長時間労働や不規則勤務は労働者の心身の健康を損ねる。過労死・過労自死に至ったケースは、労災補償の請求件数だけでも2000件前後、そこから絞り込まれた支給決定数だけでも毎年200件前後もある。だからこそ、2014年には過労死等防止対策推進法が制定されたのであり、労働者の健康確保に向けた具体的な取り組みが、今、進められようとしているのである。
 また、長時間労働は、労働者個人の健康破壊要因であるのみならず、次世代育成支援や女性の活躍推進、少子化対策、賃上げによる成長戦略など、政府が重点政策として掲げる課題のいずれの達成においても、大きな障害となっている。長時間・過密労働を抑制し、1日8時間・週40時間以内の労働で、健康で文化的な生活ができる社会を早急に実現することが求められている。

2.早急に是正されるべき労働基準法の欠陥
 長時間労働の背景にあるのは、違法行為の蔓延だけではない。現行の労働時間法制自体に不十分さと欠陥がある。労使の自主性発揮による状況改善は常に問われ、取り組まれもしてきたが、過労死すら止められない状況を変えることはできなかった。特別条項付き36協定を結び、時間外労働に関する限度基準を超えて働かせられる体制をとっている企業は4割もあり、中には過労死ラインを超える時間外を命じることができる労使協定を締結しているところすらある(大日本印刷1920時間、任天堂1600時間、ソニー、ニコン1500時間等)。強制力のない時間外労働の限度基準告示では、規制が効かないということである。
 また、労働組合の組織率が年々低下するなか、世の大半を占める労働組合のない職場において、過半数代表制が正常に機能していないことは審議会においても共有された事実である。こうした実態からすれば、長時間労働の抑制、過労死根絶という「大前提」の課題を克服するには、労働時間規制を罰則付きの強行規定として強化するしかないことは明らかである。

3.国会の要請に反する「報告」
 ところが、今般の「報告」は、上記の情勢について認識をしながらも、規制緩和を法改正の柱とした内容となっている。労働者側委員が強く実現を求めた労働時間の量的上限規制や勤務間インターバル規制、労働時間把握義務などを労働基準法に書き込むことについては、「労使のコンセンサスが得られないから」と却下する一方、使用者側の求める労働時間規制の緩和については、労働時間規制の全面的な適用除外をおこなう高度プロフェッショナル労働制、企画業務型裁量労働制の対象拡大と導入手続き緩和、フレックスタイム制度の清算期間の延長などはいずれも採用している。
 「報告」は骨子案段階に比べれば、労働者側の意見を部分的に取り入れているが、使用者側の主張に過度に肩入れした構造は骨子案と同じであり、労働側委員からは「この間の審議はなんだったのか、徒労感を覚える」とのコメントが最終場面にいたるまで、何度も繰り返し出されたほどである。経過を見守ってきた全労連としても、同様の感想を抱かざるを得ない。

4.労働者側の意見を軽視した異常な審議会
 また、三者構成である審議会において、学識者・専門家としての見識と情報の提供が期待されている公益委員が、積極的な意見提示も、労使双方や行政当局に対するアドバイスもしてこなかったことも問題である。分科会会長の任務が、「分科会の事務の掌理」であることは承知しているが、当局提案にそったまとめを当局の求めるスケジュールどおりに進めようと会議の進捗管理のみに専念していたとの印象を抱かざるを得ない。公益を代表する委員が複数名列席されているのに、有益な学識の提示がなされなかったことは遺憾といわざるをえない。今回の制度改正の中心的な課題が、労働者代表不在の場で決定された閣議決定方針によるものであることは周知の事実であるから、審議会では、労働者代表の意向をより丁寧にくみ取るべきであり、公益委員においては、「この制度導入によって、労働者の働き方に何が起きるのか」を深い学識でもって予見する意見提示が求められている。

5.労働時間法制の在り方をめぐる方向性の再確認と審議のやり直しを
 今からでも遅くはない。法案作成作業を止め、労働者要求を真摯に受けとめなおし、「報告」を労働政策審議会に差し戻して、公労使三者で徹底審議をしていただきたい。
 その際、全労連としては、以下の事項の実現を求めるものである。

(1)「労働時間規制の適用除外制度の導入」「裁量労働制の対象拡大・手続き緩和」「フレックスタイム制度の清算期間の延長」の提案は撤回すること。

(2)労働基準法について以下のような見直しを行うものとすること。
①時間外労働の量的上限規制をはかること。当面は「限度基準(月45時間、年360時間等)」を上限とし、ゆくゆくはかつての母性保護措置の年150時間すること。労働時間の量的規制に穴をあけている36協定の特別条項の制度は廃止すること。
②EU労働時間指令を参考に、24時間について継続して11時間以上の休息時間を与える「勤務間インターバル制度」を導入するものとすること。「一定の時間」については、省令でなく法令で規定すること。
③夜勤・交替制労働は社会に必要不可欠な事業に限り認め、法定労働時間を日勤労働者より短くする旨、労働基準法に書き込むこと。

(3)上記の法規制強化とあわせて、厚生労働省の職員定数を増やし、指導監督の体制を強化することによって法の履行確保をはかること。

II「報告」各論点についての意見
 以下、「報告」に示された各論点について、問題の指摘と改善に向けた意見を述べる。

1.前文について 〜規制緩和や適用除外制度の導入について合意は成立せず
 長時間労働の実態や年収取得率の低さ等実態にふれ、過労死防止や次世代育成、女性の活躍推進などの政策においても長時間労働の抑制が必要と記述されている点は、審議会において労使一致した見解でもあり、妥当である。ところが、第3段落に労働側が反対し続けている、労働時間規制の緩和や適用除外制度の導入に向けた記述が、あたかも審議会における一致した意見であるかのように、主語なしで「求められている」と書かれている件は認めがたい。第3段落は削除もしくは、「使用者側は求めているが、労働側は反対している」旨、明らかにすべきである。
 また、前文の末尾に、「平成28年4月施行に向けての法改正措置」を求める文章があるが、拙速といわざるをえない。骨子案の提示による審議は1月に2回、報告に仕上げてから2回であり、とりわけ新しい制度については、なお質問が多く出され、事務局から正確な理解にいたるだけの回答がなされていない。この点も踏まえれば、この「報告」は中間的たたき台としての性格とされることが適当であり、「報告」をそのまま法案要綱に反映させるべきではない。

2.「働き過ぎ防止のための法制度の整備等について」 〜法律による規制強化が必要
 「報告」では、「法制度の整備の前提として、過重労働等の撲滅に向けた監督指導の徹底とともに…(略)…労使の自主的取組の促進等に積極的に取り組むことが適当」としているが、行うべき課題の順序が逆である。審議会で再三、労使双方の委員から言及されていた事実は、監督指導をしようにも法規制に穴があるから徹底できず、労使の自主的取組を進めようにも、法規制が緩い中で長時間労働が前提とされた産業秩序、取引慣行が成立してしまっているから、個別企業内の労使の努力では如何ともし難いということである。つまり、監督指導の徹底と労使の自主的取組が実を結ぶ「前提」として、法的規制の土台整備が必要ということである。ついては、「時間外労働に係る上限規制の導入や、すべての労働者を対象とした休息時間(勤務間インターバル)規制の導入については、結論を得るに至らなかった」との記述は削除し、「時間外労働の上限規制、勤務間インターバル制度、夜勤・交替制労働規制の強化等が必要」とすべきである。
 なお、インターバル規制については、事務局より「労使の自主的努力による導入事例を調査した結果、全労働者を対象に罰則規定付きで導入するには時期尚早と判断した」旨の答弁があった。全労連としては、こうした当局の判断をふまえるとしても、インターバル規制の導入を簡単に断念してはならないと考える。そこでまず、夜間・交替制労働から休息規制を導入し、その後、労働者全体に適用を拡大する方法を採用することを提案したい。なぜなら、労働者の身体に有害であるにも関わらず、社会的な要請から必要悪として実施されている夜間・交替制労働に従事する労働者に対し、終業・始業間に健康確保に足るだけの休息時間を保障することが、労働者本人のためだけでなく、業務の安全な遂行の点からも切実に求められているからである。その際、一般労働者のインターバルはEU労働時間指令並みの11時間以上が妥当だが、夜勤・交替制労働の場合は12時間以上とすべきことも付言しておく。

(1)「長時間労働抑制策」について 〜監督指導が実効性をあげうる法制度の整備を
①中小企業における月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の適用猶予の見直しは、早急に実施すべきである。中小企業の経営環境への配慮は、経済政策や税制等で行うべきであり、労働基準の適用を部分的に解除するような手法を使い続けるべきでない。ダブル・スタンダードの解消を施行する時期は来年4月が妥当である。

②「健康確保のための時間外労働に対する監督指導の強化」について
 監督指導の実効性を担保するためにも、法的規制強化を行うことを冒頭で明言すべきである。上述したような量的上限規制を法律に明記し、特別条項による限定解除の制度も廃止して、限度基準を超えて労働する労働者が発生しないようにすべきである。「報告」の提起する「特別条項の協定の様式の精緻化」では、限度基準に規制力がないため、長時間の時間外労働をなくす効果はないことは現実が証明済みである。
 実効性確保のために、行政官庁が的確な助言及び監督指導を行うことは重要である。36協定の特別条項が廃止されるという大きな制度改正の周知をはかり、健康確保措置として望ましい内容を示し、履行確保のために必要な指導を行うとすべきである。

(2)「健康に配慮した休日の確保」について 〜脱法行為を許さない手立てを
 月60 時間超の時間外労働に対する5割以上の割増賃金率の適用を回避するために休日振替を行う行為は、法制度の趣旨を潜脱するものとの公労使合意が成立したことから、「報告」では、その件を通達に記載するとしている。しかし、通達では周知がはかりにくいため、労働基準法第35 条を改正し、起算日を明らかにすること、休日を特定することと記載し、今回の趣旨の徹底をおこなうとすべきである。なお通達において、休日振替による割増賃金率の適用回避行為が、労働基準法第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)違反となる旨、周知するべきである。

(3)「労働時間の客観的な把握」について 〜労働時間把握の義務化を
 労働時間の規制強化をするのであればもちろんのこと、仮に規制を緩めつつ健康管理を強化するという場合であっても、実労働時間の把握が重要であることはいうまでもない。ついては、使用者の義務として、管理監督者を含むすべての労働者を対象として、客観的な方法により、労働時間を把握しなければならないものとし、それを、省令でなく労働基準法に書き込むべきである。

(4)「年次有休休暇の取得促進」について 〜労働者の意向をふまえるべきである
 年次有給休暇の取得促進のため、休暇をほとんど取得しない労働者を主な対象に、有給休暇のうち5日に満たない分について、使用者に時季指定権を付与する新制度は、労働者が取得する権利であったものの一部を、使用者の付与義務に転換する大きな制度変更である。平均年休取得率が5割に満たない現状からみて、望ましくはないが、試みとしてはありうると考える。
 ただし、制度改正にあたっては、「年休権を有する労働者に対し、時季に関する意見を速やかに聴き、労働者の合意を取り付けなければならない」とする必要がある。経過をみて、それでも有休取得率が改善しなかった場合にはじめて、労働者の合意を得る努力が成立しなくても、使用者は時季指定権を行使しうるという制度に修正していくことが適当と考える。

3. 「フレックスタイム制の見直し」について 〜清算期間の延長はすべきでない
 「報告」は、フレックスタイム制の清算期間の上限を現行の1か月から3か月に延長するとしているが、反対である。清算期間を延長する理由として、「報告」は「子育てや介護、自己啓発など様々な生活上のニーズ」があると、労働者側が求めているかのように書いているが、アンケート結果(第111回労働条件分科会平成26年4月3日事務局提出資料)によれば、フレックスタイム制適用労働者の82%は「このままでよい」(現行制度のままでよい)と回答し、「清算期間を長くすべき」との回答は3%に過ぎない。
 一方、制度導入をしている事業場の使用者側に対するアンケート結果をみると、45%が「清算期間が短い」と回答している。労働者が望んでいないのに、使用者側の半数近くが清算期間の延長を求めている理由は何か。アンケートからは読み取れないが、月をまたいで清算期間を延長することにより、特定時期に長時間労働を集中させながらも、他の時期の労働時間を減らすことで、割増賃金の支払い対象となる労働時間を減らす効果を狙っているものと考えられる。清算期間の延長は、不払い労働を増やすだけでなく、過重労働を促すことにつながり、健康確保や仕事と生活のバランスの観点からしても行うべきでない。
 フレックスタイム制を、労使双方にとってメリットのある制度として活用されうるものにしたいのであれば、まずなされるべきは、制度導入の法的要件である「始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねる」ことすらなされていない違法を根絶することである。この違反があれば、通常の労働時間規制に基づく割増率が適用されることを指導監督によって徹底すべきである。

4. 「裁量労働制の見直し」について 〜対象の拡大や手続きの簡素化はすべきでない
 「報告」は、企画業務型裁量労働制の「新たな枠組み」として、適用対象となる類型の追加と手続きの簡素化を提案しているが、いずれについても反対である。

(1)現行の裁量労働制のもとでの違法根絶が先。適用対象の拡大などありえない
 「報告」では、「企業における組織のフラット化や…(略)ホワイトカラー労働者の業務の複合化等に対応する」ためという使用者側の都合と、「仕事の進め方や時間配分に関し、労働者が主体性をもって働ける」という労働者側のメリットを冒頭で強調し、提案を正当化している。
 しかし、実労働時間に基づく管理を基本とする労働基準法の原則をゆがめ、あらかじめ一定の「みなし労働時間」を働いたものとする裁量労働制には、根本的な問題がある。業務の遂行の手段及び時間配分の決定については労働者に委ねる一方で、仕事のボリュームや期限を決める権限は使用者が持ち続けているため、使用者は残業命令をださずとも、みなし労働時間ではこなしきれない分量の業務を与えることで、長時間労働を強いつつ、実労働時間に見合っただけの賃金を支払わないですむことになるという問題である。
 審議会に提出された資料によれば、企画業務型裁量労働制の実労働時間は平均11時間42分で、12時間以上が45%にものぼる。一方、みなし労働時間は平均8時間19分である。この時間のギャップについて、残業代相当分として裁量労働制適用者に支払われる特別手当制度をもっている企業は58%あるものの、41%は手当なしである 。これだけでも大量の不払い残業が行われていることが推測されるが、そのほか、手当額が実労働時間に見合うだけ支払われていないといった声も聞かれるのが実態である。
 さらにいえば、裁量労働制が導入されている職場では、労働基準法に記載された制度の導入要件である「時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこと」 ですら無視した違法行為が横行している。企画業務型裁量労働制で働いている労働者のうち51%は「一律の出退勤時刻」が設定され、遅刻をすれば「上司に注意」「勤務評定に反映」「賃金カット」を受けている。出退勤について裁量をきかせた働き方は封じ込められる一方で、みなし労働時間によって長い実労働時間が隠蔽されているのが実態なのである。
 こうした現状をふまえれば、今回の労働基準法改正では、これまで認めてきた裁量労働制のもとで広がっている不適切な実態を根絶するため、制度導入要件を厳格化するなどの規制強化をはかることが先決であり、適用対象となる類型を追加するなど、ありえない判断である。

(2)過剰な業務量から労働者の健康を守るには労働時間で規制するしかない
 「報告」においても上記の問題意識は共有されており、「労働基準法第38条の4第3項に基づく指針において、『当該事業場における所定労働時間をみなし時間として決議する一方、所定労働時間相当働いたとしても到底処理できない分量の業務を与えながら相応の処遇の担保策を講じないといったことは、制度の趣旨を没却するものであり、不適当であることに留意することが必要である』旨を規定することが適当である」とされている。しかし、この指針が実効性をあげるとは考えられない。
 各企業で実施されている裁量労働適用業務において、標準的労働により処理できる業務量を客観的に確定することは困難であり、その困難な業務量をメルクマールとして「相応の処遇の担保策」を講じるべきなどと指導することはおよそ不可能だからである。自ら業務量をコントロールできる立場にはない労働者について、適正な働き方を実現するには、明示的、客観的な尺度である労働時間で上限を規制するしかない。
 なお審議会において、使用者側委員は、「目標管理制度による上司との面接で、みなし労働時間内で処理できない業務量か、期限が短すぎないかといったことをチェックし、補正することができるから問題ない」と述べている。しかし、目標管理制度における面接は、悩み相談会ではなく査定のプロセスであり、およそ労働者が仕事の過剰感を申立てられる場ではない。過剰な業務量によるやむを得ない仕事の遅滞がある場合も、本人の処理能力不足を指摘され、奮起をもとめる叱咤にさらされることが一般的であり、その結果、過労死・過労自死に至る事案もある。
 結局、「報告」がプラスのイメージで描いてみせる裁量労働的働き方が実現できるのは、業務遂行の手段と労働時間の自由だけでなく、業務量や納期、労務管理、業績評価のされ方などについて裁量権を持った、真に経営者と一体的立場にある管理・監督者のみである。


1 「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果」平成26年6月30日,労働政策・研修機構
2 労働基準法第38条の4第1項


(3)定義があいまいな2類型は不当な適用拡大を生む
 以上、裁量労働制の適用対象を拡大することへの反対を明らかにした上で、「報告」が新たに追加するとした2類型の設定についても意見を述べる。①「法人顧客の事業の運営に関する事項についての企画立案調査分析と一体的に行う商品やサービス内容に係る課題解決型提案営業の業務」と、②「事業の運営に関する事項の実施の管理と、その実施状況の検証結果に基づく事業の運営に関する事項の企画立案調査分析を一体的に行う業務」、いずれもあいまいな定義といわざるをえない。使用者側は繰り返し、裁量労働の適用対象についての定義を厳格にせず、個別企業に任せてほしい旨、主張をしていることから、この類型の書きぶりは、使用者にとって都合の良い解釈を許し、本来適用すべきでない労働者が裁量労働制のもとで働かざるをえなくなる事態、いわば制度の濫用を生むことが懸念される。たとえ法定指針により、「店頭販売やルートセールス等、単純な営業の業務等は対象業務とはなり得ない」といった否定的要素を加えたとしても、昨今、法人向けの営業で、顧客ニーズを調査分析し課題解決型の提案営業をする仕事など、コピー機等の事務機器販売などに見られるように、ごく一般的に存在している。したがって、上記の類型の書きぶりでは、本来、原則的な労働者保護法制のもとにおかれるべき一般的な労働者に対しても、裁量労働制を適用させてしまうおそれがある。

5.「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の創設」について
〜制度創設はすべきでない
 経営者と一体的な立場にあるわけではない労働者を、労働時間規制の適用から除外することが可能となる制度は、以下の理由から創設すべきではない。

(1)本人が同意しても労働基準の適用除外を認めないのが労働基準法である
 周知のとおり、労働基準法は「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき」最低限のルールであり、全ての労働者を対象に遵守することが使用者に義務付けられている罰則付きの強行法規である。年収が平均賃金の3倍以上あろうとも、職務の範囲が明確で高度の専門的知識、技術又は経験を有しようとも、時間帯や場所にとらわれず自由に働きたい等と労働者本人が欲しようとも、それらは労働基準法を、一部の労働者に対して適用除外させることを正当化する事由にはならない。高度プロフェッショナル制度は、労働基準設定という考え方の根本に抵触するものであるから、認められない。

(2)重要事項について審議が尽くされていない
 高度プロフェッショナル制度で働く労働者は、「労働基準法第四章で定める労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定」のすべてから適用除外される。これほど徹底的に労働者保護に欠ける措置に踏み込みながらも、驚くべきことに、その代わりに設定される導入要件が労働政策審議会で具体的に論じられていない。「法案成立後、改めて審議会で検討の上、省令で規定する」という無責任なまとめは、認めがたい。

(3)過度に過酷な働き方が合法化される可能性がある
 前項で指摘した欠陥があるため、高度プロフェッショナル制度のもとで働く労働者に許容される労働時間の上限は推測しにくいが、ふれないわけにはいかない。労働基準法第4章を適用除外するかわりに求められる要件は、以下の3つの措置とされている。
 「イ始業から二十四時間を経過するまでに厚生労働省令で定める時間以上の継続した休息時間を確保し、かつ、深夜業の回数を一箇月について厚生労働省令で定める回数以内とする」、
 「ロ健康管理時間を一箇月又は三箇月についてそれぞれ厚生労働省令で定める時間を超えない範囲内とする」、
 「ハ四週間を通じ四日以上かつ一年間を通じ百四日以上の休日を確保する」。

 3つのうちいずれか一つが守られれば要件を満たしたことになるが;
・イを選んだ場合、省令で定められた休息時間が仮に8時間(自動車運転者の労働時間改善基準である8時間の休息を念頭に)とされたとすれば、在社+在宅での労働時間は1日16時間となる。その他は休日・休暇含めて適用除外とされるのであれば、極端な話が16時間×360日労働も違法ではないということになる(5日分は今回の改正に盛り込まれた年次有給休暇の取得義務による)。仮にEU並みの11時間の休息を保障したとしても、1日13時間労働であり、過労死ラインをはるかに超えている。

・ロを選んだ場合、「健康管理時間」による上限規制は新しい概念であり、省令でどのような規制がはかられるのか推測しにくい。しかし、法案要綱には「健康管理時間について、一週間当たり40時間を超えた場合のその超えた時間が1月当たり100時間を超えた労働者について面接指導を実施すべき旨を厚生労働省令で定めることとする」との注書きがあることから、時間外で100時間、1月当たり273.7時間の実労働でも、面接指導をすれば事足りる程度であり、上限とされるほどではないとみなされていることがわかる。時間外で100時間といえば、いうまでなく過労死ラインであり、健康管理時間による上限規制はそれをさらに越えた長時間労働にもお墨付きを与えるものとなりうると読める。

・ハを選んだ場合、週休2日の休日を確保すれば事足り、残り5日は極端な話ではあるが連日24時間労働をしても合法である。24時間×256日労働でも合法なしということになる。

 以上は、制度が認めうる労働時間の上限値を推測したものであり、当然、現実にそれほどまでに働く(働かされる)ということではないが、イロハのいずれにしても過労死ラインをはるかに超える過酷な働き方が合法化されてしまうことは確認できそうである。当然、認めるわけにはいかない。

(4)高い年収は過重労働を促す
 次に適用対象に関わる要件についてである。高度プロフェッショナル制度の導入を正当化する重要な要件として年収があげられている。使用者側は、「年収が平均的な労働者の3倍あるような労働者は、平均的な労働者よりも使用者に対する交渉力がある」とか、「使用者にとって貴重な戦力であるから健康に配慮されることが期待される」などとして、労働時間規制の適用除外をしても、当該労働者に悪影響はおよばないと主張している。しかし、過労死事案には年収1000万円クラスの労働者も含まれる。そうした事案をみると、年収の高さに見合う働きをするように使用者側は迫り、一方で労働者は年収に見合うだけの職責を果たそう、成果をあげようと自らを追い込むことがわかる。つまり、他の労働者に対する指揮命令権限や業務量をコントロールする権限がなければ、高年収はむしろ過労死を促進する要因となりうるのであり、年収要件による労働時間規制の適用除外は不当と考える。

(5)年収は労働基準に関わる要件になじまない
 加えて、年収は要件としては不安定であることも指摘したい。この点は労働者側委員が審議会で繰り返し主張されていたが、「3倍の額を相当程度上回る」「1000万円以上」という水準自体には、労働時間規制を適用除外させる客観的な合理性はない。審議会でも労働者委員の質問に対し、閣議決定にあるからとの事務局答弁が繰り返され、金額自体に合理的根拠があるとは説明されなかった。1000万円がよいのであれば、なぜ900万円ではだめなのか、800万円ではだめなのか、という議論を呼び込み、合理性がないために、それらの議論を否定できなくなる。年収という連続量は基準設定になじまないのである。
 省令でなく、労働基準法に「3倍の額を相当程度上回る水準」と書きこめば歯止めとなりうるとの考え方もあるが、法律にすれば安定するともいえない。今回の労働政策審議会の運営をみればわかるように、今や労働法制の改定審議は、労働者委員全員の一貫した反対があろうがおかまいなしに、使用者側の要望にそってまとめられる。さして使用者側は、すでに適用対象の拡大を求めている。今回の労働基準法の改正後、すぐにでも使用者側の求める水準切り下げが議論され始めかねないとする労働者委員の懸念は、杞憂とはいえない。不払い労働合法化・長時間労働やらせ放題の制度を、多くの労働者に広げていく契機の芽をつむことが、労働政策審議会には求められている。

(6)成果主義の職場で労働者は「否」といえない
 もう一つ、重視されている要件に本人同意がある。「嫌なら従わなくてもよいのだから」との主張も、審議会で使用者側がしばしば口にしている。しかし、本人同意は、制度の不当な適用を防ぐ要件たりえない。この制度が導入されるのは成果主義を強めようとしている企業であり、労使委員会の決議も踏まえ、使用者側から新しい条件のもとで働くことを、管理監督者でもない労働者が求められるのである。こうした状況で、当該労働者が自らの健康や家庭生活におよぼす影響などを冷静に検討し、「否」ということができるだろうか。加えて、労使の力関係の格差があるもとで、仮に一部であっても規制からの適用除外を引き受けてしまえば、同種の仕事をしている他の労働者にも労働時間規制から外れた働き方をするよう、使用者側からの圧力がかかる。ますます、同意への圧力は強まるのであり、労働基準法の労働時間法制にあけられた穴は広がるであろう。

(7)高度プロフェッショナル制度の狙いは賃金不払い労働の合法化
 「報告」は、高度プロフェッショナル制度の必要性について、「時間ではなく成果で評価される働き方」が求められているからと書いている。しかし、成果に対して報いる方法としては、なにも労働時間規制の適用をはずさなくとも、ボーナスや昇給・昇格制度など、すでに存在している。また、高度な専門性をもつ労働者に対し、労働時間の裁量の自由を高めることで能力発揮してもらいたいのであれば、裁量労働制という方法が既にある。
 それにもかかわらず、この制度を使用者側が求めるのは、成果で評価すること以外の狙いがあるからといわざるをえない。それは、業務量や納期、必要な人員の確保についてコントロールするだけの裁量のない労働者に対し、労働時間の規制を気にしないで、質・量ともに負荷の高い業務・任務を与えることができる制度を実現するということであろう。
 この制度は劇薬となりうる。使用者が意図していないとしても、結果的に過労死ラインを踏み超えるほど働かなければこなせないような業務を当該労働者に強いることになり、あってはならない過労死等という事態が起きてしまう可能性が高い。しかも、この過労死は、成果型労働制のもとでは「高い報酬を求めてチャレンジした労働者の自己責任による死」とされ、使用者側の責任すら問われなくなる。
 もし、上記の懸念が的外れであるというのであれば、制度の適用対象となる労働者の働き方について、①24時間内での休息時間規制、②健康管理時間の上限規制、③4週間4日以上かつ1年間を通じ104 日以上の休日付与という3つの要件をすべて満たすこととするはずである。ところが、当局提案と使用者側の考えは、これらの要件の、いずれかひとつの選択でよしとし(それがきわめて過酷な条件であることは上述した)、事後的な健康状態の確認をもって、あたかも健康・福祉確保措置が万全であるかのように考えている。いうまでもなく、心身の健康を壊してからの健康診断は、リストラ診断・人の使い捨て判断にしかならないのである。少なくとも、上記の①〜③のすべてを要件とすべきである。

 審議会で使用者側委員は、この制度の対象としたい労働者像として、工場の生産ラインの更新や改善、新たな製造技術の確立などを企画して実施をする技術職をあげ、「生産が停止している深夜にアイデアを思いつき、ラインに出向いてアイデアを練るような場合があるから」と述べている。また、「市場調査担当者が、魅力ある商品を開発するため、休日に販売現場に行って、消費者がどういった点に注目をしているのか、どういった点に関心を持っているかをウォッチする」という例もあげている。確かに、深夜や休日も問わずに働くことは、「成果」をうむチャンスを増やし、企業に利益をもたらすだろうが、その労働者にとっては間違いなく、生体リズムに害を及ぼす過剰労働である。日勤労働者であるなら、深夜にアイデアを練るなどということはせず、睡眠をとって健康を確保せよと命ずるのが労働基準法のはずである。
 労働条件分科会は、論点整理の段階で、労働者の心身の健康を阻害してまで、企業利益を追求しようとする、このような制度の創設を、労働基準法の見直しに関わる議題として取り上げることはできないというべきであった。

 上記のように、「報告」には重大な欠点がいくつも見られる。法案要綱の策定作業を中止し、労働政策審議会で以上の意見をふまえた審議を再開することを求めるものである。

以上

 
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