全国労働組合総連合
はじめに
政府は、11月2日、「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律案」(入管難民法案)を閣議決定し、外国人労働者の受入れ拡大のための新たな在留資格(特定技能1号・2号)を設ける法案を第197回国会(2018年10月24日開会)に提出する方針を固めた。2017年3月の「働き方改革実行計画」では、外国人労働者の受け入れ拡大については「国民のコンセンサスを得つつ進める」とされていた。しかしその後、経済団体・業界団体の強い要請を受け、政府は、今年6月に閣議決定された「骨太方針」においては受け入れ拡大へと方針を急転換していた。
政府のこの政策転換は、あまりに拙速である。外国人労働者の課題といえば、労働法令違反や入管法違反が蔓延、人権侵害も横行していると国内外から批判されている技能実習制度について、わが国は労働者保護の強化を目的とした外国人技能実習法を制定し、2017年11月に施行したばかりである。改正法の効果の検証もなく、労働力不足を訴える業界の主張を鵜呑みにし、今国会で外国人労働者の受け入れを拡大する政策に、全労連は反対である。以下でその理由について述べ、政府が行うべき政策について提案する。
なお、日本ではすでに多くの外国人労働者が働いており、その人数は年々増加している。全労連の要求は、いわゆる排外主義的な主張に組みするものではなく、政府に対して、日本で働き暮らす外国人労働者と日本人との共生を可能とする環境を整えることを求めるものである。同時に、加盟組織において、すでに多くの外国人労働者からの相談に対応し組織化もしてきたところであるが、今後、外国人労働者との連帯をいっそう強化する対応方針を確立し、実践に移そうとしているところである。
1.外国人労働者の現状と政府の政策
現在、日本に在留する外国人は約256万人であり、そのうち働いている人は約128万人とされている(2017年10月末時点。厚労省把握)。就労する外国人のうち、最も多いのは在留中の活動制限のない「身分に基づく在留資格」(45.9万人:日本人の配偶者や永住者、日系3世ら)であって、「就労目的の在留資格」として政府が受け入れを認めているのは、大学教授や弁護士、研究者、技術者、調理師などの「専門的・技術的分野」に限定されている(23.8万人)。しかし、実際には、学業が目的であるはずの留学生に「資格外活動」として週28時間上限の就労(29.7万人)を認めたり、本来は技能移転をつうじての国際貢献であるはずの技能実習制度をつかって、労働力を調達している(25.8万人)。
資料:厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況」2017年10月末現在
資料:厚生労働省「外国人技能実習生の実習実施機関に対する 監督指導、送検の状況」2018年6月
特に技能実習制度は、実習生が受け入れ企業を選ぶことができず、他企業に移ることもできない制度要件により「現代の奴隷制度」として国際的な批判を浴びている。制度に介在する送り出し機関や監理団体等が徴収する監理費用の負担は重く、受け入れ企業においては実習生を酷使、搾取しようとする傾向がより強くあらわれるとの見方もある。長時間不払い労働や最低賃金違反、実習計画で認められている77職種139作業とは異なる単純労働や安全教育なしの危険作業への従事、高額な家賃の徴取、さらには暴力、脅迫、監禁等による技能実習の強制、違約金等の契約、旅券・在留カードの取上げ、外出その他の私生活の自由の不当な制限など、実習生に対しては様々な人権侵害が横行している。2016年に成立した外国人技能実習法により、こうした人権侵害行為は禁止された。同時に技能実習制度の対象職種に介護が追加され、在留期間も最長3年から5年になった。新設した外国人技能実習機構による監督と罰則強化により、労働条件や環境改善が進んだかどうかの検証が、今、求められているところである。
法改正により実習生には法令違反に対する申告権が認められた。しかし、実習生の多くは送り出し機関による保証金や借金を担保とした圧力にさらされ、また、違法が認められたとしても、新たな受け入れ機関が紹介されずに帰国となる恐れもあって、告発などできないという人が多い。そうしたなかでも、全労連の加盟組織には、しばしば労働相談が寄せられる。相談は氷山の一角であり、多くの職場では人権侵害や労働法令違反の問題が蔓延していると考えられる。労働基準監督署の監督指導結果(7割の事業場には労働法令違反がみつかっている)からみても、来日して間もない健康な青年たちが毎年30名前後も過労死・過労自死、事故死している事実をみても、労働者がおかれている状況の過酷さは想像に難くない。
政府は2015年以降、在留資格「高度専門職」の創設やオリンピックに関する労働力不足に対応するための建設・造船分野での受け入れ拡大、国家戦略特区における家事支援労働者の受け入れなどを進め、上述のように技能実習制度についても見直しをするなど、矢継ぎ早に政策を進めてきた。こうした一連の外国人労働者受け入れ拡大政策によって、外国人労働者自身、そして受け入れている職場や地域社会に何が起きているのかを検証する必要がある。そうした作業もせず、なし崩し的に外国人労働者の受け入れ拡大に舵を切るのは、あまりに無謀である。
2.新たな在留資格制度の内容
政府が検討している新しい在留資格は、従来認めてきた「高度な専門的・技術的分野」ではなく、「一定の専門性・技能を要する業務に従事する活動」が対象とされているが、「一定の専門性・技能を要する」とは、いわゆる単純労働分野についても、就労目的の在留資格を認めるということを意味している。受け入れ対象となるのは「人手不足に悩み、外国人労働者を必要とする分野」とされ、具体的には法案成立後に省令で決めるとされるが、すでに、農業、建設、介護、漁業、食品その他製造業、流通小売り業(コンビニ)、宿泊業等多くの業界(14分野ともいわれる)が受け入れを希望し、政府に強力な陳情をしかけている。政府は、2017年10月末時点の外国人労働者128万人に加え、2025年までにさらに50万人を受け入れたいとの情報も流している。
朝日新聞10月12日より
新在留資格「特定技能1号」の付与にあたっては、各分野を所管する省庁が定めた試験で、一定の知識や技術があるかを確認し、日本語能力も「生活に支障がないか」を確かめるとされる。その際、技能実習生は3年の経験があれば、「技術も日本語能力も一定水準を満たしている」として、試験を受けずに資格変更することも認める模様である。
より熟練した技能を持つ外国人については「特定技能2号」の資格を設ける。1号の在留期限は最長5年で、家族帯同を認めないが、2号は「高度な専門人材」と同様、滞在の長期化や家族帯同が可能になるとされている。
今回の入管法「改正」は、労働政策が主眼の政策だが、所管は厚生労働省ではなく、現在の入国管理局を、外局の「出入国在留管理庁」に格上げしてあたらせる。これで外国人労働者の雇用・労働条件の確保、違法に対する是正指導ができるのか、また、厚生行政所管となる社会保障など生活面での支援体制が整うのか、はなはだ疑問である。
政府は外国人の在留管理体制を強化するというが、今回の政策の中心となる受け入れ機関や登録支援団体の要件すら、現段階で明らかにされていない。また、外国人が安心して生活をするための支援策を充実させるなどとして関係閣僚会議や「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策検討会」(法務省所管)で「共生」を強調しているが、日本語対応・教育、生活支援、社会保障などできれいごとは語られても、予算的裏付けは一切ない。国として、きわめて無責任であり、このままではかなりの混乱を自治体・地域社会や職場に持ち込む可能性がある。
3.全労連の考え方
全労連は、今回の在留資格の創設、ならびに国家戦略特区を活用した安易な受け入れ拡大は拙速にすぎると考える。臨時国会への法案上程は断念することを求める。まずはすでに起きている問題を直視し、それを解決する手立てを尽くすことを政府に求める。
(1)基本的考え方 ― 外国人労働者の人権の遵守を
世界の労働者が自由に行き来きし、生活と活動の拠点を選択できることは、経済の活性化のみならず、国際的な平和のためにも望ましいことである。グローバル化する世界のなか、日本が住みやすく働きやすい社会であるとして外国人から選ばれる国となることも、喜ばしいことである。
ただし、国際交流を活発化させる前提として、まずは国籍や在留資格の有無等にかかわらず、すべての人が憲法や国際法上の人権を享受し、保障される状態が日本国内で確立されていなければならない。今回の制度を検討する前に、まずは様々な在留資格で働いている外国人労働者の働き方、生活の状況に人権侵害などの問題が生じていないのかを検証し、問題があればその解決を優先する必要がある。
日本の現状をみれば、すでに多くの外国人労働者が国内で働いているが、人権と労働者としての権利保障に著しく欠ける状態が蔓延しているのではないだろうか。外国人労働者は、在留資格を維持・更新する場面において、使用者への従属度が日本人労働者以上に高いため、劣悪な雇用・労働条件で就労をしているケースが多い。日本語に堪能でないことから、権利に疎いことも違法な就労を甘受する要因となっている。こうした外国人労働者の権利侵害の蔓延は、日本に対する国際的評価を引き下げる重大な要因となっている。全労連ならびに各地方労連が受けている外国人労働者からの労働相談によれば、受け入れ拡大より先に、環境整備をやるべきと言わざるを得ない。
(2)国内労働市場への影響をふまえて − 劣悪な労働条件の改善こそが人手不足解消には必要
同時に、日本国内の労働市場や地域社会に与える影響を検証する必要がある。まず、あらたな在留資格を求めている産業分野における人手不足の主たる原因は、当該産業・業種における労働者の賃金・労働条件の低さにある。賃金・労働条件の改善を抜きにして、あらたに外国人労働者を受け入れても、当該分野における労働条件の改善ははかられず、ますます国内の労働者は敬遠することになるばかりか、いずれ海外からも労働者は来なくなる。
「モノ・金・人」の移動を野放図に資本任せにする自由政策は、低賃金労働者の就労斡旋を行う人材ビジネスに利益をもたらすばかりで、国内の雇用と労働条件に大きなダメージをもたらし、ひいては産業の活力も失なわせる。
そもそも、国内に受け入れる外国人は日本人と同じ「人」であり、使い捨ての労働力ではない。業界の「労働力不足論」を丸呑みした安易な受け入れ拡大は、国籍問わず、すべての労働者とその家族にとって不幸をもたらすことは、リーマン・ショックの際の日系労働者の大量解雇・人権侵害の横行で経験済みで、同じ轍を踏むことは避けなければならない。
(3)あらたな在留資格制度案への懸念
新設されようとしている在留資格においては、受け入れ企業(受け入れ機関)には、外国人労働者に対して日本人と同等以上の報酬を支払うなど、雇用契約で一定の水準を求め、資格を得た外国人は、同じ分野内であれば転職を認めるとされている。しかし、問題噴出の技能実習制度においても、日本人と同等以上の要件により待遇差別を禁止していることからみて、規定の実効性は疑わしい。
また、受け入れ機関は特定技能1号外国人に対して「日常生活上、職業生活上または社会生活上の支援を実施する」ことが義務付けされているが、その際、受け入れ機関は「登録支援機関」に支援業務を委託してよいとされる。この登録支援機関には、現在、技能実習制度で人材ブローカーの潜む巣窟ともなっている監理団体が横滑りする可能性が高い。
新制度においても、外国人労働者には、長期間にわたる家族の帯同を認めないなど人権への制約を課しているほか、奴隷制度と批判されている現在の技能実習制度を存続させ、その延長線上の制度設計とされている。このままでは、送り出し機関や監理団体、登録支援機関など、外国人労働者の受け入れを仲介するブローカーの存在を広く認めたまま、さらに多くの外国人労働者が搾取の対象となる可能性が高い。こうした政府提案の政策のままでは、外国人労働者を「人」としてではなく、低コストの労働力もしくは、搾取の対象とする動きばかりが強まってしまう。
(4)国民的コンセンサスをふまえること
昨今、一部の市民による排外主義的・人種差別的な動きが活発化しているが、日本には、そうした行為を禁ずる立法措置や、人権教育の徹底なども不十分である。このような状況で、国民的なコンセンサスをえる努力もせず、さらなる外国人労働者を多数受け入れる法案を、臨時国会で成立させ、来年4月から施行しようとするのは、あまりに乱暴である。
(5)拙速な在留資格創設に反対し以下の政策を求める
人権と労働者の権利保障、多文化共生のための様々な措置、日本人に対する以上に手厚さが必要となる生活支援の仕組みなどをどう整えていくのか、予算の裏付けや具体的な体制などを、世論の理解もえつつ、練り上げていくことを含め、全労連としては、以下を政府に求める。
1) 2018年の臨時国会において、在留資格の新設は行わないこと。まずは、2017年に施行したばかりの技能実習法の履行状況や外国人労働者の雇用・生活の実態について調査し、国会に報告すること。
2) 外国人労働者の受け入れ拡大といった課題は、労働政策固有の視点での検討が必要であり、厚生労働省の所管する労働政策審議会において公労使の三者で審議するものとすること。また、受け入れに関する課題を検討するにあたっては、分野・業種・業務によって状況が異なるため、労働政策審議会では、関連する分野の業界団体の意向だけでなく、各業界を組織する労働団体の意向もふまえた審議を行うものとすること。
3) 外国人労働者に対し、日本人と同等の権利を保障する法制度を確立するため、以下の施策を実施すること。
@ 現在、実習生として受け入れている外国人労働者については、雇用・労働条件が適法であって、日本人労働者と同等の水準であることを確認した上で、実習目的にそった就労の継続を認めるものとすること。その上で、できるだけ早期に外国人技能実習制度は廃止すること。
A 外国人労働者に対して、留学の枠組みでの来日を認め、本来の目的であるはずの学業の支障となるほどの労働を「資格外活動」として認める制度はなくすこと。
B 送り出し国側もふくめて就労あっせんなどに関わるブローカーの介在を禁止すること。これらを内容とする二国間協定を、送り出し国との間で締結すること(ブローカー排除と国の労働行政による監理を内容とする二国間協定の締結を受け入れの条件とすること)。
C 外国人労働者の職業紹介は、国の責任でハローワークが行うものとし、在留資格と同じ業務・職種分野での転職の自由を認めること。ハローワークで、外国人が相談できる人員体制と通訳を確保するための予算措置を行うこと。
D 受け入れ企業に、人たるに値する住・生活環境の保障、仕事がない場合の講習の実施、同種の仕事に従事する日本人労働者との均等待遇などの労働条件確保を義務付けること。
4) 外国人労働者とその家族が住みやすく、日本人と共生しうる社会を構築するために必要な政策を地方自治体とともに検討し、予算措置をとり、整備すること。なお、これら施策の財源については、受け入れ企業が負担をするものとすること。
5) 人手不足が発生している産業分野において顕著にみられる賃金・労働条件がおさえられている原因を取り除くこと。とりわけ、@医療・介護分野における労働者の賃金を国の負担で引き上げること。その際、保険料や消費税の引き上げでなく、国の歳入・歳出の見直しで財源確保をはかること。A重層下請け構造のもとで広がる低単価を改善し、適正価格での取り引きを実現する法整備を行うこと。公正取引を実現するため、指導監督にあたる国家公務員を増員すること。
6) その他、多文化共生社会を構築するための政策や、住宅、教育、医療・福祉・年金等の整備(二国間協定による制度のポータビリティ保障)、日本語教育、母語教育、通訳問題等の解決をはかるべく、国民的な議論を開始すること。その際、当事者たる外国人労働者の意向も十分に汲むこと。
以上