2019年1月22日
全労連事務局長 野村幸裕
日本経済団体連合会は、1月22日「経営労働政策特別委員会報告」を公表した。この報告は財界の経営戦略と春闘における経営側の基本的な立場を明らかにするものである。
全体を通じて労働者の権利や生活を「付加価値の高いサービス・商品を生み出す」こと、即ち経済発展と企業の利益に従属させる不当なものである。労働や生活の実態を正面から受け止めず、経営責任を「構え」「メッセージ」という言葉で曖昧にする一方で、労働者を人間ではなく成果を生み出す「働き手」としか見ていないことに怒りを表明する。
春闘における基本的立場では、世界経済を「先行きの不透明感が強まっている」とし、「多くの業種で増益が見込まれている」としつつ「成長のペースは鈍化する」ことを強調している。そして2019年春闘交渉では「ソサエティー5.0」に向けての中長期視点から「多様な方法による賃金引上げや総合的な処遇改善」を提起している。これは賃上げをベースアップよりも一時金や賞与へシフトさせることである。企業に対してベースアップは累積されて経営を圧迫すると警告し、具体的な賃金決定では「総合的な総人件費管理の下、自社の支払い能力を踏まえ、労働組合との協議を踏まえたうえで」「多様な方法による賃金引上げ」「貢献度に応じた一時金加算」、非正規雇用労働者に対する「人事評価に基づいたメリハリある」額の決定を求めている。一時金や賞与引き上げの正当性を「消費に回り経済効果が高い」ともしている。一時金のない労働者や一時金によって月々の赤字を解消している実態に触れていない。さらに中小企業の賃金引き上げに警戒感を示し、「人件費の高まりや原材料価格の上昇が中小企業の収益を圧迫している」としている。大企業の中小企業に対する下請け単価の不当な抑制には一切触れていない不当なものである。
また、「実質的には賃金の伸びは鈍化していない」との見解を示している。平均給与額が伸びない要因を「就業構造や産業構造の変化」に矮小化している。就業構造では女性や高齢者の労働参加とパート労働者の総労働時間の短縮をあげ、産業構造では賃金水準の低い「医療、福祉」「飲食サービス業・宿泊業」の雇用者数の大幅な増大を要因としている。これは内部留保の増加や株主優遇、役員報酬の増には触れていない点で不充分である。私たちは実質賃金低下の回復や産業単位での低賃金構造の改善を強く求めていく。
さらに「生産性の向上や収益拡大の成果を社員に還元する」には「単年度だけでなく」中期的な視点を求めている。中長期視点ではフレックスやテレワーク、自己啓発を提唱し、雇用者としての責任を軽減する方向を示している。併せてコンサルタントや人材開発会社の利益追求に貢献し、労働者の可処分利益をさらに減少させようとしている。そもそも中長期視点からはこの20年で広がった一人当たりの生産性の向上(約18%)と報酬の減少(-2%)の格差を一刻も早く解消すべきである。
全労連は、大幅賃上げと底上げ、賃下げなしの労働時間の短縮、企業責任による福利厚生の充実、公正な下請け単価の設定による単価引き上げ、大企業の税や社会保障の応能負担を求めて、労働者・国民と職場と地域で国民春闘を闘う。
経営政策は「働き方改革」と「雇用・労働分野における諸課題」に触れている。
「働き方改革」では働き方改革を「イノベーション創設と生産性向上につなげ」「ソサエティー5.0実現に貢献していきたい」としている。さらに「健康経営」は取引先や投資家、就職活動中の学生への評価」で企業価値が上がるとしている。また、企業収益を上げる為に自己啓発や多様な人材の活用、時間や場所にとらわれずに「活躍」できる環境を整え「労働力の損失を改善する」としている。特に中間管理職層の「意識改革」を強調し、自己責任を押し付けている。
労働者の長時間労働や加重な業務負担という労働実態を反映せず、あくまでも「働き方改革」を企業収益に結びつけようとする姿勢は労働者を心身共に破壊するものである。また、「自己啓発」は人材開発企業の収益のために、労働者にキャリアアップを押し付け、可処分所得の減少につながる不当なものである。さらに、労働時間短縮によって増加した自由時間を「自己啓発」へ活用することを提唱しているが、これは労働者を企業に従属させる典型であり断じて許されない。
さらに中小企業へ労働生産性の向上を求め、政府への助成金や税制の活用を求めている。さらに「ノウハウや技術を持ったOB人材の活用」を提唱している。関連企業におけるOB活用が飽和状態にあることから下請け企業にOBを押し付ける正当性を主張するものである。本来、中小企業への支援としては大企業の持っているビッグデータの活用による市場調査や国の予算の増額、国や自治体の研究機関・試験機関等の役割が重要であり、中小企業の将来展望を切り開くものである。
また、女性の活躍では「労働力の女性」「消費者としての女性」と位置付けている。「収入および消費の拡大で企業に絶好のビジネスチャンスをもたらす」「グローバルな機関投資家からの投資の拡大」になるものとしている。これは女性の活躍ではない。人としての働くことの権利性を否定し、「女性の役割は家事」を前提としている。このような姿勢が「セクハラ」の根絶を阻害している要因であり、怒りをもって抗議し、撤回を求める。
「雇用・労働分野における諸課題」でも「生産性向上に資する」ことが強調されている。「自社の賃金制度の在り方を再検討し、グローバルな経済環境の下、様々な雇用形態による多様な人材がモチベーション高く活躍できる賃金制を構築・整備すること」を求めている。労働者の労働実態を踏まえて改善する視点が全くない。ところで、この分野では厚生労働者の資料を丁寧に説明していることが特徴である。このことは、2つの側面を示している。ひとつは経営者の理解が進んでいないことである。もう一つは、だからこそ労働組合が職場でイニシアティブをとれることである。労働組合が労働時間や同一労働同一賃金の具体化を職場で実現する絶好の機会である。組織拡大も視野に新36協定キャンペーンを展開するなど職場・地域での運動を強める。
最低賃金については「生産性の向上を伴わない引き上げ」が「設備投資や採用計画、総合的な処遇改善に影響を及ぼす」としている。これは、広がる最低賃金引き上げの運動へ警戒感を示すものであり、労働者を分断するものである。全労連は最低賃金を自らの問題として、企業内の賃金体系に反映させる闘争と位置づけ、全国一律最低賃金制度の確立を求める運動を地域・職場で展開する。
今回の報告は、企業利益のために中間管理職も含めた労働者に自己責任と加重な労働負担を強いることを表明するものである。全労連は「8時間働けば人間らしく暮らせる社会」を実現するため、大企業の社会的責任を追及し、職場と地域から2019国民春闘を展開していくことを表明する。
以 上