概 観
2004年の中国経済は、国内総生産(GDP)が13兆6515億元(約177兆円)で前年比9.5%増。03年の9.1%増に続き2年連続で9%台の高度成長を記録。04年3月の全国人民代表大会(国会に相当)で設定された年間成長率目標(7%前後)を大きく上回った。
中国は現在、「社会主義市場経済」の下で、03年に1000ドルに達した1人当たりGDPを2020年までに3000ドルに引上げ、すでに達成した「小康」(ややゆとりのある生活水準)をさらに充実させ全面化することを当面の目標としている。このために「市場」の役割がいっそう強化され、私営企業や外資企業などの非公有経済がこれまで以上に大きな地位を占めることが予測される。
04年3月の憲法改定で、「国家は非公有経済の発展を奨励、支持、誘導する」(第11条)と新たに規定、「公民の合法的な私有財産は侵害されない」(第13条)と明記されたことがそのことを裏付けている。ここでいう「私有財産」には、個人財産だけでなく、企業の生産手段も含まれることが憲法改定案を審議した全国人民代表大会で提案者側から説明された。
一方、このような趨勢は、国民各階層間の貧富の格差(都市と農村住民間の所得格差など)、地域ごとの発展格差など、社会的諸矛盾をさらに増大させる可能性を生み出し、これらのひずみの是正・改善が急務となっている。新華社(国営の通信社)発行の半月刊誌『半月談』04年第16号は、他の諸国の経験から見て、1人当たりGDPが1000ドルから3000ドルに向かう時期は「社会構造が劇的に変化し、利益の矛盾が増大し、社会の安定問題が非常に突出する」と述べ、「調和のとれた社会発展と社会の安定が新たな挑戦に直面している」と警告した。
こうして、中国政府は前記の諸矛盾の是正措置として、04年に都市・農村の貧困者への生活援助や失業者支援、農村からの出稼ぎ労働者対策にいっそう力を注ぎ、農業税の廃止(04年から5年がかりで)を決定、社会保障制度の整備に努めるなど、「セーフティネット」政策で一定の成果を収めた。04年3月の憲法改定で、前記の「非公有経済の奨励」と合わせて、「国家は経済発展水準に見合った社会保障制度を確立し、整備する」という新たな規定(第14条)が登場し、同年9月、国務院(内閣)が「中国の社会保障の状況と政策」と題する社会保障白書を初めて発表したことも、この流れを跡付けている。
経済運営でGDP増大“一本やり”を反省する姿勢はすでに03年に示され、同年10月の中国共産党16期3中総の決定では「科学的な発展観」(経済成長だけを一途に追求するのではなく、人間を中心とし自然や社会全体のバランスを重視した持続可能な発展をめざす立場)が提起された。04年9月には、党の16期4中総で「党の政権担当能力づくり強化にかんする決定」を採択、複雑さや曲折が予想される内外の動向を機敏に把握し、党員6800万を擁する政権党として、直面する諸課題を的確に処理する理論・実践両面の能力を高め、国民の信頼向上をめざす方針を打ち出した。
■ 労働事情
国務院は04年4月「中国の就業状況と政策」と題する白書を発表した。中国では労働問題にかんする初めての白書だった。
白書によると、中国の就業者は03年に都市が2億5639万人(全体の34・4%)、農村が4億8793万人(65・6%)で、合計7億4432万人(総人口約13億)。1990年から03年にかけて、就業者は計9683万人(年平均745万人)増加した。
産業別の就労構造を見ると、第1次産業は03年に3億6546万人で、比率は90年から03年にかけて60.1%から49.1%に低下。第2次産業は1億6077万人で、同期間に21.6%のまま横ばい、第3次産業は2億1809万人で、同期間に18.5%から29.3%へと着実に伸びた。同期間に国有企業の就業者は3470万人減少して6876万人となり、個人経営・私営経済組織の就業者は3596万人増えて4267万人となり、都市の新規雇用者数の46.5%を占めた。
中国の労働問題は「毎年、新たに1000万の労働力が増え、一時帰休・失業者が約1400万、都市に出稼ぎに来る農民が約1億2000万という水準が続いている」(温家宝首相の03年3月18日の記者会見=新華社電)という状況だった。
白書によると、03年末の都市の登録失業者は800万人(失業率4.3%)。政府は、04年に新規就職900万人、一時帰休・失業者の再就職500万人という目標をたて、都市の登録失業率は4.7%の予測だった。これに対し、05年1月13日発新華社電によると、04年は都市で980万人が就職して目標を80万人上回り、一時帰休・失業者の再就職は510万人で102%の達成率。失業率は4.2%で、年初の予測を0.5ポイント、前年末比で0.1ポイント下回った。05年1月28日付人民日報によると、04年に失業率が低下したのは、経済の好調と政府の対策の前進があったうえ、非常勤労働従事者(パート、フリーターなど)が増えたためとされている。同紙によると、非常勤労働者は1億人以上で、都市就業者の40%を占めている。
■ 総工会の活動
中華全国総工会は04年7月、第14期第4回主席団会議を開催、王兆国主席は、労働組合の任務として、労働者の切実な利益にかかわる突出した問題の解決に尽力し、働く人びとの就業、収入分配、社会保障、労働安全、衛生などの権利擁護に当たるよう強調、労組幹部が事務室を出て大衆の中に入り、人びとの意見をよく聞き、彼らの最も差し迫った問題の解決に率先して取り組むよう訴えた(04年7月26日付人民日報)。
こうした呼びかけは、総工会が03年に開催した「全国労働組合大会」(5年ごとに開催)で「働く人びとの利益の擁護」をいっそう全面に押し出し、その趣旨の規約改正を行ったことの現われとみられる。
王主席は、04年10月、中国の「労働組合法」改定3周年に当たり、人民日報(10月23日付)に論文を発表した。01年のこの改定は、社会主義市場経済の下で、労組の権利と責任を法律でいっそう明確にしたものだった。
この論文も、労働者の賃金未払い、安全生産、団体協約の締結と執行などの問題を取り上げ、関係方面に制度改善を迫って労働者の権利侵害を解決するよう主張。とくに、私営企業などの非公有企業で労働者の賃金、社会保険、人身安全などの権利を確実に保障するよう強調している。さらに、非公有企業で労組の組織率、労働者の加入率が低いことをあげて、その改善を提起している。
中国に進出している外資系企業のなかには、国際慣行を理由に労組の結成を認めないものもあり、総工会は、それらの企業の従業員に対して、「労組結成の希望」などを調査し、早期結成を支援する活動を進めている。小売業世界最大手のウォルマートをはじめコダック、デル、三星、ケンタッキーフライドチキン、マクドナルドなどの在中国企業では長年労組が結成されておらず、あるいは労組組織がきわめて不備のままにおかれてきた。
04年11月24日発新華社電によると、ウォルマートは在中国店での労組結成について「従業員から要求があれば尊重し、労組法で規定された責任と義務を果たす」と声明した。同企業は1996年に中国に進出、04年現在、中国人従業員は1万9000人に達している。しかし従来、労組結成を拒否、18都市の37店舗でいずれも結成されていなかった。総工会が同年10月「労組法に違反するもので、提訴もありうる」と表明した結果、姿勢を変えたものである。
■ 労働者の権利向上
04年には、労働者の権利向上のための諸措置が講じられた。その一つに、「労働保障監察条例」が12月1日から施行されたことがあげられる。新華社電によると、この条例は、供給過剰の状態にある中国の労働力市場で、一部の使用者が経済利益を一面的に追求し、労働者の合法的権益を侵害する事態がしばしば見られる現状にもとづき、労働者の権利擁護のため制定されたもの。労働保障の監督を強化し、女性に坑内作業をさせた場合の処罰規定や賃金遅払いに対する付加賠償金支払い規定、事業主側の法令違反に対する罰則強化、内部告発の奨励規定などを盛り込んでいる。
04年3月から「最低賃金規定」(改定版)が施行された。市場経済の拡大に伴う就業形態の多様化などに合わせて地域ごとに最低賃金額を算出し、その保障を規定したもの。これ以後少なくとも2年おきに一度金額を調整することになっている。04年8月27日付人民日報によると、この時点で、都市のうち最低賃金が最も高いのは上海の月額635元(1元は約13円)、北京は545元。地方の省では、同一省内で格差があり、たとえば河南省は380元、300元、240元の三通りになっている。
03年から大きな社会問題となり、温家宝首相自ら「解決」を訴えていた出稼ぎ労働者の賃金未払い問題も04年中にほぼ解決された。05年1月9日付人民日報によると、04年末までに全国で出稼ぎ労働者の未払い賃金331億元が清算され、清算率が98・4%に達した。中国では都市で働く農村からの出稼ぎ労働者が約1億2000万人にものぼるが、建設業を中心にこれらの人びとに対する賃金未払いが一時は1000億元にも達していたと報じられた。総工会もこの問題を重視し、是正策を中央政府に要請した。04年には、これら労働者の都市での居住権、社会保障の受益権、子女の教育などの問題でも改善措置が講じられ、働く人びとの人権問題が一歩前進した。
■ 多発する炭鉱災害
中国で全体としては働く人びとの労働環境が改善されつつあるなかで、04年は炭鉱の重大事故が相次ぎ、坑内の安全対策の欠陥が明るみに出た。国家労働安全監督管理局の05年1月17日の発表(新華社電)によると、04年に全国の炭鉱で発生した死亡事故は3639件(前年比504件減)、死者は6027人(同407人減)だった。統計上は事故件数と死者数が減ったが、同局の梁嘉・副局長は同日、「状況は依然として深刻で、大事故が依然としてなくならない。とくに04年は第4四半期(10〜12月)に大事故が多発した」と指摘した。04年中の炭鉱事故(全体の80%がガス爆発)のうち、死者10人以上の大事故は20件近く発生、とくに10月20日の河南省大平炭鉱事故で死者148人、11月28日の陝西省陳家山炭鉱事故で死者166人と、大惨事が相次いだ。
中国の炭鉱は約2万ヵ所、全体の約80%が小型炭鉱で、非効率なうえ、防災設備やその体制が不十分。04年11月11日発新華社電によると、炭鉱の鉱員1人当たり年産量は321トンで、効率は米国の2.2%、南アフリカの8.1%に過ぎず、生産量100万トン当たり死亡率は米国の100倍、南アの30倍。中国の石炭生産量は世界全体の約35%だが、死者の割合は80%近い(03年の統計で)という実態がある。04年12月28日発新華社電によると、同年の原炭生産量19.5億トンのうち、安全が保障されていない炭鉱で生産された原炭は7.5億トンにものぼった。こうした事態の背景には、エネルギー面で石炭への依存度が高く、しかも生産が需要に追いつかず、安全無視の無理な増産が続いている状況がある。
前述した梁副局長は05年1月17日の発言で、安全基準をクリアしていない炭鉱の全面的生産停止、炭鉱の安全生産能力の見直し、能力を超えた生産の禁止などの対策を発表したが、05年の目標数字は「04年より事故死者を3%減らす」「死者100人以上の事故をなくす」という程度にすぎず、抜本的な行政措置を打ち出せない中国の現状を反映したものだった。
■ 行政当局の横暴に対する抗議行動
「改革・開放」の下で国民の自立心や権利意識が増大し、「人権尊重」の機運も広がりをみせるなか、04年には人びとの生活権にかかわる問題をめぐって、行政当局の横暴や無策に抗議する地元住民の大規模な行動が各地で展開された。これは、建設工事に伴う土地の強制収用とその補償問題などが原因で、農民主体の場合も多く、地域住民が自らの利益擁護のために結束して大衆的なたたかいを広げる状況が生じている点が特徴である。
04年11月7日付朝日新聞が中国の政府系研究機関の調査結果として報じたところによると、この種の抗議行動は04年の上半期6カ月間に全国で130件も発生し、うち87件は農地立ち退きをめぐるトラブルが原因で衝突に発展したものだった。04年の後半もこの趨勢が続き、しかも抗議に参加する住民の人数が数万人というケースも生まれた。各種の報道によると、10月から12月にかけて重慶市、四川省、河南省、広東省で起きた数件はいずれも2、3万ないし5万人という大事件だった。いずれも、土地取り上げ、道路の通行料金制度、民族的トラブルなどでの住民の苦情を当局が警察力で抑え込んだことへの抗議だった。
04年11月1日付人民日報によると、04年上半期に全国の各級労働争議仲裁機関が受理した労働争議案件は13.5万件、処理した集団的労働争議は6440件で18.4万人を包括しており、従来に比べ件数や人数が顕著に増加した。05年1月23日発新華社電によると、04年1年間に上海で発生した労働紛争は1万8000件余り(前年比16%増、10年前の7倍)で、労働者側の勝訴率は86%、とくに私営企業でのそれは90%近くに達した。同電はこのデータについて「労働者の権利意識向上の一方、一部企業の順法意識の欠如を示している」という専門家の分析を報じている。
このように、都市を中心に労働紛争の調停制度やそのメカニズムが機能しているところでは、所定の手続きにしたがって争議が処理され、労働者側が成果を収めているが、前述したような各地域での大衆的紛争の多発は、権利意識が高まった各地住民の当局に対する苦情や不満を法にもとづき適切に処理する体制がまだ十分に機能していない中国の現状を浮き彫りにしている。したがって、これらの事件を単に「騒動」扱いし、中国の「社会不安」と一面的に判断することはできない。(平井潤一)
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