■ 大統領選挙の結果と労働組合の対応
<現職アロヨ氏が当選>
フィリピン国会の上下両院合同委員会は、2004年5月10日に実施された大統領選挙の集計作業の最終的結果を確認した6月20日、現職のグロリア・マカパガル・アロヨ大統領が野党候補の映画俳優フェルナンド・ポー氏を破って当選したことを公表した。集計結果によると、アロヨ氏が1290万5808票、ポー氏が1178万2232票だった。新大統領の任期は6月30日から6年間。なお副大統領にはアロヨ氏と組んだ元ニュースキャスターのデカストロ上院議員が当選した。
アロヨ氏は、2001年1月、違法とばく献金疑惑で弾劾裁判にかけられたエストラダ大統領の退陣を要求する広範な国民の大衆的政治闘争が高揚、かつてマルコス独裁政権を打倒した「ピープル・パワー(人民の力)」が再び発揮されてエストラダ政権が崩壊した後を受けて、副大統領から大統領に就任した。
今回のアロヨ氏の当選は、エストラダ前大統領や旧マルコス派に全面的に支援されたポー氏がもしも政権に就けば、汚職・腐敗や強権的政治がまた復活するのではという国民の警戒心を示したものといえる。
しかし一方で、ポー氏の得票数はアロヨ氏の得票数の9割超まで迫った。巨額の対外債務を抱え、国際通貨基金(IMF)の指示による緊縮財政、民営化などの構造調整政策をすすめてきたアロヨ政権下で、リストラによる高失業は雇用対策の遅れで慢性化し、対外債務支払いによる財政赤字を理由とした国民生活・福祉関連予算の削減などで庶民の生活は悪化。その中でアロヨ政権にたいする不満が根強く広がっていた。ポー候補は、こうした庶民の不満を捕えこんで、「貧困をなくし、全国民に1日3度の食事を保障する」などと訴え、特に人口の半数近くといわれる貧困層の中で支持を広げたとみられる。
<アロヨ大統領が10の課題と5つの改革案を提示 ―労組側の評価割れる>
04年5月の大統領選挙で続投が決まったアロヨ氏は、6月30日の就任演説で、6年間の任期中の公約として、雇用創出、均衡財政の達成など10項目の課題をかかげ、さらにその後議会の上下両院の合同開会式の施政方針演説で、「国民最優先政策」として5つの改革案を提示した。
<10項目の課題>
アロヨ大統領が就任演説で提起した10項目の課題は次のとおりである。
- 6年で600万〜1000万人の雇用創出
- すべての学齢期の子どもが、学習に適した人数の教室で授業を受けられるよう学校設備の充実と、貧困家族を対象とした奨学金制度の導入
- 適正な歳入の確保と支出による均衡財政の達成
- 交通網の充実による地方分権
- 全国のバランガイ(最小行政単位)への電力と水の供給
- マニラ首都圏から、ルソン、ビザヤ、ミンダナオ各地域への人口分散
- スービック、クラーク地域(米軍基地跡地)の、東南アジア地域における最も競争力のある国際輸送拠点としての開発
- 選挙方法の完全な電算化
- 和平交渉の解決
- 政治勢力分裂の終結
これに対する各界の反応は、フィリピン使用者連盟=ECOP、フィリピン商工会議所=PCCI、フィリピン産業連盟=FPIなど、経済界・使用者団体側はいずれもアロヨ政権の公約を肯定・支持する態度を表明。一方、労働組合側では、公約に対する評価が対照的に割れた。穏健派とされるフィリピン労働組合会議=TUCPは、大統領の公約への支持を表明し、新政権の課題達成のために協力する立場を明らかにした。また、10項目の課題を達成するにあたり、TUCP主導の職業部隊が果たす役割、雇用創出・雇用促進・社会的保護が実現可能な地域づくりなどを強調した。他方、急進派労組の「5月1日運動=KMU」のエルマー・ラボッグ会長は、新政権の10項目課題について、「貧困労働者が長い間要求してきた賃金問題を放置し、労働者や貧困者にマイナスの影響を与える増税を掲げている」とし、「空約束が盛りこまれた古くて聞き飽きた嘘」と酷評した。
<5つの改革案>
アロヨ大統領は7月26日、議会の上下両院合同開会式で、「新たな方向性―国家刷新と変化の時代における国民最優先政策」と題した施政方針演説をおこない、先に公約としてかかげた10の課題を実現させるための改革要項として、以下の5つの改革案を提示した。
- 経済成長と雇用創出
- 汚職撲滅
- 社会正義と基本的物資の確保
- 教育向上と若者への機会提供
- エネルギーの自給
こうしたアロヨ政権の施政方針の問題点について、7月末の全労連定期大会に来賓として出席したフィリピン進歩的労働同盟=APLのジョスア・マタ書記長は、「しんぶん赤旗」紙のインタビューの中で次のように指摘している。
マタ氏は、「政府は国際通貨基金や世界銀行のいいなりになり、対外債務(610億ドル)の支払いに国家予算の40〜50%も充てているため、財政赤字が続いているが、今度は『赤字解消』と称して現在10%の付加価値税を2〜3%引き上げようとしている。一方で富裕層への増税はしない。国営企業や電力、水道の民営化を強行し、公立の病院や学校まで売却しようとしている」と批判。「国家予算で自動的に債務支払い枠を決めずに、国民に役立つ融資であったかどうかを精査して道理と国民が納得できる方法で少しずつ返していくべきだ」と主張している。
失業・雇用対策についてマタ書記長は、「サービス産業での消費拡大で経済成長率は6%に上昇したが、製造業などの部門では伸びておらず、雇用の維持や創出には至っていない。失業率は3年間で11%から14%に増えている。アロヨ大統領は、今後6年間で600万人に仕事を与えるというが、貿易の自由化を徹底してすすめ、市場原理最優先の経済政策を続けていては不可能だろう」と指摘。「農地改革などを大胆にすすめ、国の産業発展をつくり出す計画と政策が必要だ」と強調している。
なお、フィリピン政府が人質解放のためイラクから撤兵した問題について、マタ書記長は、「そもそも米英連合軍に協力してイラクに派兵したのが誤りだったことが明らかになった」とし、「海外出稼ぎ者からの送金に依存するフィリピン国民は、人質になったデラクルスさんの苦しみを自らのものとして受けとめ声をあげた。もし彼が殺されたら、アロヨ大統領は巨大な抗議行動に直面しただろう」とのべた。
■ 最低賃金引き上げをめぐる攻防
フィリピン最大の全国労組であるフィリピン労働組合会議=TUCPは、2004年に入って、マニラ首都圏における一日当たりの最低賃金を75ペソ引き上げるよう、首都圏の三者賃金生産性委員会に要求した。生活必需品の価格が上昇しているというのが増額を求める主な理由であり、物価上昇への対応に34ペソ、さらに労働者の生活改善のために41ペソが必要であるとし、マニラ首都圏で02年に改定された後は据え置きになってきた現行の最賃日額280ペソを、355ペソに引き上げるよう要求した。一方、急進派労組の「5月1日運動」=KMUは、125ペソ引き上げを要求している。
これに対して経営者側では、最賃の引き上げは「時期尚早」とし、フィリピン使用者連盟=ECOPは、「賃上げは国内企業の99.6%を占める小規模企業にマイナスの影響を与える」という理由で最賃引き上げに反対している。
フィリピンの法定最低賃金制は、1989年の法改定により、それまではほぼ全国一律に決められていた最低賃金額が地方ごとに決定されるようになった。地域間の生活費格差や、賃金面からの企業の地方誘致の促進などがこの法改定の理由とされた。全国で15の地方三者賃金生産性委員会が設置され、これらが国家賃金生産性委員会のガイドラインに従って地域・州ごとに最低賃金額を決定する。その主な基準とされているのは、(1)労働者とその家族の必要、(2)支払い能力、(3)比較賃金及び収入、(4)経済及び国家発展の必要性、の4点である。
大統領選挙の前に、アロヨ大統領は、労働組合の賃上げ要求を支持する考えを示しながらも、地方三者賃金生産性委員会が検討するという従来の方針を維持するとしてきた。再選されたアロヨ大統領の公約で労働者の賃金改善について触れられていなかったことにたいし、前述のように労働組合側から強い不満が表明された。
■ 製糖会社のスト鎮圧に国軍が出動、子ども含む7人が死亡
ターラック州にあるハシェンダ・ルイシタ製糖会社で、04年11月16日、ストライキ決行中の労働者にたいし国家警察と国軍が鎮圧に出動し、スト参加者側の子どもを含む7人が死亡、100人以上が負傷する事件が発生した。
ハシェンダ・ルイシタ社はアキノ元大統領の親族が所有する企業。労働組合側は賃上げと待遇改善を要求して労働協約交渉を続けてきたが、交渉が決裂したため、11月6日からストライキに突入。サトウキビ農場と工場で働く労働者約3000人が参加していた。これに対して経営者側は「ストは経営を麻痺させるもの」と主張。警察当局を通じて同社の警備強化を労働雇用省に要請し、この要請を受けた労働雇用省は、国軍を派遣した。
フィリピンでは、ストライキが発生した地域の安全確保のために、労働雇用省から国防省への救援要請が認められている。しかし今回の事件は、安全の確保どころか、スト参加者にたいする警察と国軍による威嚇射撃と催涙ガスで、子ども1人を含む7人が死亡、100人以上が負傷したもので、明らかに労働者のストライキをつぶすための国家権力による武力弾圧であった。
こうした事態を受けてサント・トマス労働雇用相は、今回の事件の経緯を明らかにする捜査に全面的に協力する旨を表明するとともに、ストライキ鎮圧のために国軍を派遣したことが間違いであったと証明されれば辞任するとの意向を明らかにした。アロヨ大統領は、負傷者や死亡者の家族への援助を関係機関に指示するにとどまり、今回のストライキについては干渉しない立場を示している。
■ 燃料値上げに抗議、公共交通スト
フィリピンで04年11月25日、主要公共交通機関の労働者が燃料価格の引き上げに抗議してストライキを決行した。労働者側は「政府に譲歩を見出す時間を与えるため」に、午後にはストライキを中止したが、全国で交通機関がマヒし、多数の利用者に影響が出た。(小森良夫)
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