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国旗 世界の労働者のたたかい
EU(欧州連合)
2004

概 観

 2003年のEU(欧州連合)は、前半をギリシャ、後半をイタリアがそれぞれ議長国を務めた。米英によるイラク戦争強行、その後の占領支配に対する対応に端的に表れたように、とくに、軍事・外交の分野では、多くの重要課題に関してEU加盟国の立場が二分された。こうした「分裂」は経済・労働・社会分野でのEUの動向にも直接的あるいは間接的に影響を及ぼした。その背景には、議長国イタリアのベルルスコーニ首相のEU議長としての適格性を疑う声が強かった事実にも象徴されるように、加盟各国の政権の全体としての「右傾化」(2003年末現在、いわゆる「中道右派」政権が10カ国、同「中道左派」政権が5カ国)がある(下記参照)。
「中道左派」=ベルギー、ドイツ、イギリス、ギリシャ、スウェーデン
「中道右派」=オーストリア、デンマーク、フィンランド、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、スペイン
 2004年5月の10カ国の加盟による拡大EUの発足に向けて、各分野での準備・新体制づくりに力を注いだEUだったが、憲法条約案の採択に失敗したことに象徴されるように、また、独仏が成長・安定協定が定めた財政赤字3%以内を維持できなかったことからおきている同協定の有効性・継続性をめぐる対立に見られるように、拡大EUへの道、拡大後のEUの進路に、困難と試練が増した1年だった。別表に見るとおり、EUあるいはユーロ圏平均としての経済指標の面では、大きな変化はなかったが、EUおよび各国レベルでの労使をあげての多くの対策にもかかわらず、失業率はやや悪化(2002年EU平均=7.7%、ユーロ圏=8.4%に対し、2003年EU平均=8.1%、ユーロ圏=8.9%)した。経済「グローバル化」、各産業分野での競争激化、それと関連した国際通貨としてのドルとユーロの競争激化、などの進展の下で、「高コスト」を理由とした内外の多国籍企業が、EU域外に移転する傾向が改めて強まっていることが、全体として経済発展・雇用拡大・消費購買力が停滞している大きな要因になっている。
 欧州労連(ETUC)に結集したEU内外の労働者・労働組合も、独立系労連など欧州労連以外の労働組合も、自国と職場での課題・闘争、労働組合運動の強化と合わせ、イラク戦争反対をはじめ、イスラエル・パレスチナ問題を含め反戦・平和、諸民族の共存・発展のたたかいに、欧州社会フォーラム、世界社会フォーラムの取り組みに大きな力を注ぎ、積極的な社会的影響力を発揮した。しかし、各国で、また、EUレベルで新自由主義的な傾向をも含む労働市場・労使関係・労働条件の弾力化や労働法制・社会保障の改悪、労働戦線分断攻撃が強まるなかで、さらに、EU現加盟国と比べて、労働・労使関係の諸条件が遅れている新加盟国の仲間を迎えるという条件下で、欧州の労働組合運動に課せられた課題と役割は格段に大きくなっているといえよう。
 EUと欧州の労働運動は多大な試練のなかで2004年を迎えた。同年の議長国は、前半をアイルランド、後半をオランダが務める。

2003年の指標

ユーロ圏12
ヵ国の平均
EU15ヵ国
の平均
経済(GDP)成長率 0.4% 0.8%
消費者物価上昇率 2.1% 2.0%
失業率 8.9% 8.1%
賃金(名目)上昇率 2.7% 3.1%
財政赤字の対GDP比率 △2.8% △2.7%
累積債務の対GDP比率 △70.4% △64.1%
(「欧州委員会経済予測」2003年秋版による。単位%)

2003年の主な闘いとできごと

  • 1月1日 2003年前半の議長国ギリシャが任期中の優先課題を設定(発表は2002年12月)。労働・社会分野では「派遣労働に関する政治的合意」達成などが含まれる。
  • 1月17日 EU加盟国の多数の港で、欧州運輸労連(ETF)傘下の港湾労働者が欧州議会で審議中の港湾サービス市場参入指令案に抗議しての24時間スト決行。
  • 1月23〜24日 ギリシャ・ナフプリオでEU雇用・社会問題相非公式会議開催。雇用、社会保障・福祉に関して討議。
  • 2月7日 欧州レベルの製糖産業労使が企業の社会的責任(CSR)に関する最低基準を盛り込んだ企業行動規範に合意。欧州レベルの産業部門としては初めてのもの。
  • 2月13日 欧州委員会が社会政策アジェンダ5ヵ年計画の取り組み状況を評価した第3回年次報告を発表。とくに、2000年のリスボン・サミットで決めた失業削減・雇用促進という目標での前進を評価し、同時に、雇用・失業に関して残された課題の大きさも指摘した。
  • 2月13日 欧州議会が、欧州委員会と加盟各国に対し、鉄鋼産業の危機を緩和する措置をとるよう求めた決議を採択。アルセロール社のリストラ・人員削減をきっかけとしたもの。
  • 3月5日 欧州委員会が男女機会均等に関する年次報告を発表。報告は2002年の法制上の取り組みの前進を評価し、EU加盟候補国の実情を盛り込んでいる。また、決定権限をもつ機関・部署への女性の参加促進を2003年の優先課題とすることを呼びかけた。
  • 3月6日 ブリュッセルでEU社会政策・雇用問題閣僚理事会開催。社会保障・福祉、雇用戦略、派遣労働の規制などの諸問題を討議。
  • 3月14日 国際運輸労連(ITF)が呼びかけた第4回鉄道労働者国際統一行動日に欧州各国の鉄道労働者が参加。
  • 3月20日 EUレベルの初の公式政労使会議開催。シミティス・ギリシャ首相、プローディ欧州委員長らも出席。今後、年次定期開催される。
  • 3月20〜21日 ブリュッセルでEU首脳理事会(サミット)開催。雇用促進策などを討議し、欧州雇用タスクフォースの設置を決定。
  • 5月13日 欧州議会が「企業の社会的責任」に関する決議を採択。欧州委員会の2002年の通達での提起に応えたもの。関係当事者に「企業の社会的責任」促進を呼びかけた。
  • 5月13日 欧州委員会職場安全保健局が第1回全欧職場の危険物質対策強化キャンペーンを開始。
  • 5月26〜29日 欧州労連(ETUC)がチェコのプラハで第10回定期大会開催。英労働組合会議(TUC)出身のジョン・モンクス委員長をはじめとする新執行部を選出し、行動綱領を採択した(別掲本文「欧州労連が第10回大会、EU拡大に対応し、新執行部選出、行動計画採択」参照)。
  • 6月2〜3日 EU社会政策・雇用問題閣僚理事会が派遣労働指令案に関する「共通の立場」合意(法制の最終的決定機関である「理事会」の基本的合意)に失敗。同理事会は欧州協同組合会社に関する規則および関連指令について、「共通の立場」合意を達成。
  • 6月3日 欧州委員会が移民労働者の雇用・統合促進に関する通達を公布。
  • 6月16日 欧州委員会が差別禁止に関する自覚向上キャンペーンを開始。
  • 6月半ば EUレベルの労使関係当事者(欧州労連、欧州産業連盟、欧州中小企業連盟、欧州手工業連盟)がリストラに関する共同文書に合意。各関係機関の批准手続きへ(批准終了後に欧州委員会に提出される予定)。
  • 6月19〜20日 ギリシャ・テッサロニキで開催されたEUサミットにEU憲法草案提出(別掲本文「EU憲法案めぐる議論と闘い」参照)。
  • 7月1日 後半年の議長国イタリアが任期中の優先課題を設定。優先課題には労働市場の弾力化と社会保障・福祉のバランス、年金改革などが含まれる。
  • 7月18日 EUレベルの民間保険業部門労使が企業行動規範に調印。
  • 7月25日 欧州労連(ETUC)がイタリア議長国任期に関する覚書(要求書)を提出(別掲本文「イタリア議長国任期へ――欧州労連が『10のテスト項目』」参照)。
  • 9月9日 欧州司法裁判所が医師の待機時間は労働時間に含まれると判決。
  • 9月17日 EUレベルの造船部門で労使対話が正式に発足。対話委員会が設立された。
  • 10月9日 欧州委員会が2003年欧州雇用報告を発表。
  • 10月13日 国際運輸労連(ITF)が、「過労は人を殺す」とのスローガンで呼びかけた年次道路運輸国際行動日に参加した欧州運輸労連が、労働時間規制の改善を要求。
  • 10月17日 EUレベルの鉄道部門労使が機関車運転士のEU共通免許および一連の最低労働条件基準で合意。
  • 10月30日 欧州委員会が障害者に関する行動計画を発表。
  • 11月10〜11日 EUレベルの商業部門労使がブリュッセルで「企業の社会的責任」に関する共同声明に調印。声明は「企業の社会的責任」と商業労働者の労働条件の関係についての会議の終了に際して合意されたもの。
  • 11月12〜15日 第2回欧州社会フォーラムがパリ市と近郊三市の各会場で開かれ、60カ国から6万人が参加。「米英軍などのイラクからの撤退」、「雇用と福祉の社会的欧州」を実現する各国と欧州レベルでの闘いを交流し、その強化を誓い合った。フォーラム終了後開かれた主催者団体総会は10カ国がEUに新加盟する日である5月1日のメーデー、4月2〜3日「欧州統一行動日」、6月の欧州議会選挙をヨーロッパの労働者とその家族の労働・生活条件向上のための闘いの場にしよう、と呼びかけた(別掲本文「イラク占領反対・雇用と福祉」掲げ、第2回欧州社会フォーラムに6万人」参照)
  • 11月17日 欧州運輸労連傘下のフランス、スペイン、イタリアの活動家が、アイルランドのライアン航空による労働者3人(勤務地シャルルロワ)の解雇に反対して、ベルギーのシャルルロワ労働裁判所前で抗議行動。
  • 11月27日 マドリードで、EUレベルの化学産業部門労使が産業政策に関する共同声明発表。
  • 12月12日 欧州首脳理事会(サミット)が憲法条約案での合意に失敗(別掲本文「EU憲法案採択成らず、新たな試練に直面」参照)
  • 12月11日 EU政労使首脳がEUサミットを前に、ブリュッセルで臨時会談を開催。経済成長と雇用促進に関する共同声明を発表した。

欧州労連が第10回大会 EU拡大に対応し、新執行部選出、行動計画を採択

 欧州労連(ETUC)は、「ヨーロッパを〔そこに暮らす〕人々のために機能させよう」(“MAKE EUROPE WORK FOR THE PEOPLE”)のスローガンの下で、5月26〜29日、チェコのプラハで第10回定期大会を開催した。欧州労連には現在、34カ国の、78労組ナショナルセンターと11の欧州レベルの産業別組合が加盟している。組合員総数は約6000万人。
 大会は次の柱から成る行動計画を採択した。
● 欧州労連のヨーロッパ・ヴィジョン
● 欧州の経済的・社会的モデル
● 欧州的労使関係の拡張と強化
● 欧州人とグローバル化
● 欧州労連と欧州の労働組合アイデンティティの強化

 「ヨーロッパ・ヴィジョン」の部分では、拡大EU(欧州連合)の憲法条約の仕上げ、とくに、欧州基本権憲章の憲法条約への統合(これは諮問委員会から提出された草案では実現されている)を優先目標に掲げた。2004年5月発足の拡大EUとの関係では、現EUがもつ社会的分野(社会保障・福祉、労使関係分野)の獲得物を、中・東欧の新加盟国で完全実施することを強調している。その他、完全雇用の実現、男女平等の促進、人種差別反対などが主要目標に含まれている。
 「欧州の経済的・社会的モデル」の部分では、とくに、2000年3月のリスボン・サミットで決定された雇用戦略「より多くの、より良い雇用(雇用の量的および質的向上)」の実現が中心に据えられている。有給両親休暇権および休暇期間の年金・社会保障権の確保、週35時間制実現、労働者の生活するに十分な年金の保障なども強調されている。
 「欧州労連と欧州の労働組合アイデンティティの強化」の部分では、組合員がEU内の他の国で一時的に働く場合に当地の労働組合のサービスを受けられるようにするための「欧州労働組合員証」の導入、新加盟国内の多国籍企業での組織化と労働協約交渉の強化などが主要目標とされている。
 そのほか、決定機関における女性代表の比率の向上、非典型雇用、とくに派遣労働の雇用・労働条件の改善・安定化が課題として強調されている。
 新執行部として、委員長にジョン・モンクス(英労働組合会議TUC出身)、会長にカンディド・メンデス・ロドゥリゲス(スペインの労働者総連合UGT出身)のほか、書記長1人、副書記長2人、労連中央書記4人を選出した。

EU憲法案めぐる議論とたたかい

 EUはギリシャの議長国任期の下で6月20日、ギリシャ・テッサロニキで開かれた首脳会議で、ジスカールデスタン元仏大統領を議長とする諮問会議が作成したEU憲法草案を原則承認した(この時点では、第2部まで完成、第3部以降は未完成。完成草案は7月18日提出されることになる)。当時は、同憲法を2004年5月の拡大EU(25カ国・人口約4億5千万人)発足までに成立させるという段取りで準備が進められていた。
 草案によると、EUは「連邦制」にまでは移行せず、国民諸国家の「同盟」にとどまる。しかし、加盟国国民は同時に「EU市民」となり、EUの機構に関しては、(1)EU大統領の新設、(2)EU外相の新設、(3)EU政府にあたる欧州委員会の人数削減、首相に相当する欧州委員長の欧州議会による任命制への転換(現行は欧州理事会による任命)、(4)特定多数決制の拡大、などの大改革(ただし、機構改革実施は2009年から)が行なわれる。また、「EU市民」は100万人の署名をもって政策提案をする権利を持つ。
 草案は、前文、第1部(「EUの定義および目標」など全9章)、第2部「欧州基本権憲章」、付属文書2件で構成されていた。第1部が前述のようなEUの目標、機構の改革・機能などが定めているが、第2部は2000年12月に採択された「欧州基本権憲章」をそのまま編入・統合している。基本権憲章は基本的人権をはじめ、集会・結社の自由、差別禁止、男女平等・均等、企業内での労働者の情報・協議権、団体交渉・行動権(EUおよび各国の法規に従うことを条件にスト権を明記。ただしEUレベルでのスト権への言及はない)、不当解雇からの保護、公正・適切な労働条件などをうたっている。
 この段階で残された最大課題の一つは、社会保障、税制などを含むEUの基本的諸政策をうたう「第3部」の策定である。第1部で定める諸目標を具体化し、実現するための諸条項を盛り込むべき部分である
 ガバリオ欧州労連(ETUC)委員長(=当時。諮問会議のオブザーバー)は「(労使関係、労働・社会福祉などに関する)社会的部分では、なすべき多くの仕事が残されている」とのべた。

イタリア議長国任期へ――欧州労連が「10のテスト項目」

 7月1日からの半年間、イタリアがEU議長国に就いた。ベルルスコーニ首相は内外のマスコミに「欧州のネオコン」、「帝王ブッシュの家臣」(とくにイラク戦争をめぐる対応で)、「メディアの帝王〔=伊のメディアの独占的支配者〕」などと呼ばれ、EUレベルの関係当事者も適格性への疑問を含めた公然とした警戒・警告を強めていた。就任直後の7月2日には、欧州議会でドイツ選出の議員に対して「ナチ強制収容所の監視役に適役だ」などの発言をし、各国首脳を含む多くの人々から非難された。過去の言動(とくに自らの汚職事件)とも併せて、「EU議長として不適格」と指弾された。同発言問題はシュレーダー独首相が予定していたイタリアでのヴァカンスの取り消しにまで発展した。
 当時、EUは憲法案の仕上げに加え、「企業の社会的責任」政策(英語略称=CSR)討議の促進と意見集約、10カ国の新加盟にともなう制度改革など多くの重要課題を抱えていた。それだけに、議長国としてのベルルスコーニ政権の対応能力・適格性についての疑念もいっそう強かった。欧州労連が10項目要求(後掲参照)の覚書を突きつけたのに続き、英誌『エコノミスト』が6分野28項目の公開質問状を発表した。
 欧州労連の覚書は「イタリア議長任期が、一部の欧州諸国で最優先されているようにみうけられる新自由主義的アプローチではなく、欧州社会的モデルの諸原則をその出発点として、こうした問題に対応するためにその影響力を行使することを期待する。 …… 諸問題に関する展開を密接に監視していく」とし、「イタリア議長任期に関する10の社会的テスト」――労働者、市民からみた適格性審査項目というべきもの――を発表した。以下は覚書の「序文」全文と10項目の要旨である。

EU議長国イタリア(2003年7〜12月)に向けた欧州労連(ETUC)の覚書

序 文
 イタリア・EU(欧州連合)議長国任期は2003年後半の、高度に複雑な、同時に非常に挑戦的な政治的課題に取り組むことになる。2004年5月までに10カ国の新加盟と、残された候補国との加盟交渉の継続による欧州統一を進める条約の、最近の調印は、拡大EUがよりよく機能し、より効率的になり、今日および将来のEU市民と労働者の士気に具体的な回答を与えるのを可能にする最終的準備の結論を出すことを緊要なものとしている。イタリア議長国の下で開催される、欧州閣僚理事会および、それに続く、将来のEU憲法に関する協定を策定する政府間会議が、この半年間の最も重要な課題になるであろう。
 これは、欧州労連(ETUC)に重大な関わりをもつ、新しい国際的な政治・経済的脈絡の下で遂行される。国際関係における最近の出来事は、長年確立されてきた多国間制度と関係に疑問を生じさせ、国際問題に関して単一の態度を表明するうえでのEUの能力の欠如を公然とさせた。EUは、国際的統治におけるその役割を強化し、それによってグローバル化の制御において中心的役割を果たし、全ての人々のための持続可能な発展を促進し、世界の平和、民主主義、人権を擁護することにより、その決議決定権限、アイデンティティ、社会的見地を発展させることをとおして、その存在意義を示さなければならない。イタリア議長国任期はこうした関連において決定的役割を担うものとなろう。
 最近数ヵ月、欧州における経済的・社会的状況も悪化し、リスボン・サミットが決めた目標の達成がますます困難になってきている。欧州労連は、EUと欧州理事会が必要とされる迅速性をもってこうした問題に対応しきれてはいないと考える。失業増加が必然的にもたらす悪循環、および、成長低下をともなった現実経済の必要あるいは欧州の一部に現れているデフレの危機に対応するために、ほとんど対応がなされていない。欧州は現行条約の賢明な適用に立脚した強力な経済統治を必要としている。これこそが、現下の深刻な社会状況に対応し、雇用の悪化および、社会保障の将来に対して多くの欧州諸国で行なわれている緊縮的・否定的アプローチに関する市民、労働者の関心事に、〔関係当事者の〕協調を経た積極的な回答を提供するために、重要なことである。欧州労連はイタリア議長任期が、一部の欧州諸国で最優先されているようにみうけられる新自由主義的アプローチではなく、欧州社会的モデルの諸原則をその出発点として、こうした問題に対応するためにその影響力を行使することを期待する。
 イタリア議長任期中をとおして、欧州労連は欧州の将来、欧州のアイデンティティの強化、経済的・社会的発展に関する諸問題に関する発展を、緊密に監視していくつもりである。


イタリア議長任期に関する10の社会的テスト

  1. 諮問会議・政府間会議(IGC)――欧州のための民主的、現代的、社会的憲法条約の確保〔欧州労連は欧州諮問会議が起草した欧州憲法条約草案に盛られた社会的諸権利を問題視することなく、EUの諸政策と機能に関する条約草案に取り入れ、具体化することを要求〕
  2. リスボン戦略――欧州が直面している直接的諸問題に対応し、経済・雇用・社会諸側面調和政策に立脚した「より多く、より良い雇用」公約を追求するための、リスボン目標に合致した緊急包括措置の発動〔欧州が直面する緊急な経済的・社会的諸問題に対処するために打ち出された2000年のリスボン・サミットの決定。今回の要求はもともと、2003年5月26〜29日、プラハで開かれた欧州労連第10回大会で決定されたもの〕
  3. 移民問題――移民移動に関する統合・管理に取り組むためのEUの共通移民・難民政策の展開〔欧州労連は第三国国籍の長期EU居住者の地位に関する指令など一連の提案の採択も求めている〕
  4. 欧州労使協議会の見直し――欧州労使協議会指令〔95/45/EC〕見直しの3年間遅延の解消〔欧州労連はイタリア議長任期中に開始を要求。中心問題は同指令の適用対象の拡大およびリストラ問題に関する情報・協議権の強化〕
  5. 公的調達――「公正な労働基準」条項の挿入義務付け〔現在提案されている公的調達に関する二つの指令案は、いずれも労働協約の尊重、機会均等、差別禁止、EU社会政策および雇用諸目標の順守を義務づける「公正な労働基準」の順守をうたっていない〕
  6. 合併規制――雇用への配慮の統合〔EUの合併規制の改革は頓挫したままで、欧州労連は、近年のほとんどの合併が関連企業の価値の引上げでなく、単に雇用破壊をしただけだとして、関係法規への雇用配慮の明記を要求している〕
  7. 買収入札――情報、協議、防衛措置の保証〔欧州労連は、現在の企業買収指令案(EU0211208F、現在、欧州議会と欧州理事会で審議中)を、買収交渉の全期間にわたって、適時に労働者と労働者代表が情報・協議を受けることを保証する内容に修正することを求めている〕
  8. 派遣労働――正規雇用への移行期限を含む指令の採択〔EUの派遣労働指令案(EU0204205F)は失敗に終わった〕
  9. 一般的利益サービス(ユニヴァーサル・サービス)――条約中での法的基礎の確定、枠組み指令に関する手続きの開始、あるいは、自由化に関する法制上のモラトリアムの設定〔欧州労連は「一般的利益サービス」の自由化の影響を監督するための、労働者、労働組合、市民グループが参加する、透明で、民主的な規制と監視の機構を設置することを要求。さらに、欧州労連と欧州公共企業センターCEEPが提案している欧州レベルの「一般的利益サービス」監視機関の設置も要求〕
  10. 企業の社会的責任――欧州社会的モデルの枠内でのCSR議論の発展、および、CSRはソーシャル・ダイアローグ(労使対話)や団体交渉の代替ではないことの明確化〔欧州労連はEUが進めているCSR議論にいて積極的役割を果たすことを表明。ただし、欧州労連はCSRが「欧州社会的モデル」の脈絡における展開であること、および、ソーシャル・ダイアローグの代替でないこと、の保証を求めている〕

「イラク占領反対・雇用と福祉」掲げ、第2回欧州社会フォーラムに6万人

 11月12〜15日、第2回欧州社会フォーラムがパリ市と近郊三市の各会場で開かれ、60カ国から6万人が参加し、交流と討論をつうじて、「米英軍などのイラクからの撤退」、「雇用と福祉の社会的欧州」を実現する各国と欧州レベルでの闘いを交流し、その強化を誓い合った。
 欧州社会フォーラムは、前年11月に100万人デモを成功させ、その後の世界的規模の反戦行動ののろしとなったイタリア・フィレンツェでの開催に続き2回目。フランスの250団体を中心とする全欧州の1500以上の労組・社会運動組織が主催団体となり、合わせて300を超える多岐多様な大規模討論会、セミナー、分科会、さらに文化行事を繰り広げた。最終日15日にはパリ市内で10万人がデモ行進し、多国籍企業の大もうけのためのグローバル化やEU拡大を方向転換させ、「もう一つの欧州と世界を」と呼びかけた。
 スタートとなる大討論会のテーマとしてとりあげられたのは、規制緩和政策、EU憲法、社会的保護(社会保障・福祉)、持続可能な生産と消費、社会における障害者の役割、東ヨーロッパの将来、富の新たな分配、子供の権利、反戦平和の闘い、労働とグローバル化の関係、極右および人種差別に反対する闘い、など。
 討論の中では、各国とEU(欧州連合)が、米国や世界貿易機関(WTO)が推進している自由化、規制緩和・民営化に同調し、推進していることへの批判、それとの闘いの報告が多かった。審議中のEU憲法草案についても「経済面でWTO基準に同調している」、労働者・労働組合の権利保障が不十分、などの批判が出だされた。
 フォーラムのプログラムの中には労働関係のものも多く、公共サービスと福祉国家、社会保障と家族政策、欧州社会的モデル、労働青年の状態、不安定雇用と闘う新しい権利の確立、グローバル化の下での労働組合と諸運動の交流、新自由主義的改革反対での東・西の労働組合の連帯、年金改悪への反撃闘争、などの分科会やセミナーに多数が参加・交流した。
 各国主要労組代表が15日に開いた「利潤論理に反対する闘争」の経験交流会では、「労働者・国民の社会的獲得物への大規模な攻撃の全欧州にわたる共通性」が確認され、労働側の統一した大反撃闘争を緊急に具体化することが提起された。
 フォーラム閉会の翌16日、主催した社会運動団体と労組が総会を開き、アピールを発表。米英軍によるイラク攻撃開始の1周年に当たる04年3月20日を「イラクからの占領軍撤退」を求める国際統一行動日とすること、EU憲法条約の調印が予定される5月9日(その後、憲法草案が採択されなかったことなど、状況変化を踏まえ、4月2〜3日に変更された)を「もう一つの欧州建設」のための欧州統一行動日とすることを呼びかけた。
 また、欧州労連とその傘下のフランスの5労連は、フォーラムに先立つ10〜12日、「世界に開かれた欧州」と題する労働組合集会を開催。モンクス欧州労連書記長は演説のなかで、10カ国がEUに新加盟する日である5月1日のメーデー、EU憲法条約調印の同9日(同前の変更あり)の「欧州統一行動日」、6月の欧州議会選挙を、ヨーロッパの労働者とその家族の労働・生活条件向上のための闘いの場にしよう、と呼びかけた。

EU憲法案採択成らず、新たな試練に直面

 EUは、2003年7月18日に提出された憲法条約完成草案をもとに、11月28〜29日、イタリア・ナポリでの外相級政府間会合などで検討・審議し、12月12〜13日、ブリュッセルでの首脳理事会・政府間協議(加盟予定の10ヵ国を含む25ヵ国)でEU憲法条約成案の決定をめざしたが、失敗した。
 憲法草案は、次の諸特徴を備えている。
(1)法的拘束力を持った基本権憲章を含む。
(2)EUに単一の法人格を付与。
(3)EU法の、加盟各国法に対する優位性を規定。
(4)EU、加盟国、地域(地方)の各レベルの権限の明確化。
(5)欧州議会による欧州委員長選挙(従来は加盟国政府間の合意による任命)
(6)欧州委員と欧州首脳理事会(首脳会議)メンバーの二つの資格を兼ね備えたEU外相の新設。
(7)共通外交・安保政策の強化、とくに、EU軍事機能の新設。
(8)市民(住民)投票の基本的保障。
(9)EU諸法の体系改編と、立案から制定.発効までの手続きの大幅簡素化。
(10)EUとしての祝祭日、象徴歌・旗の制定。
 大多数の問題で合意しながら、ブリュッセルでの協議が憲法成案に到達するのを妨げたのは欧州閣僚理事会における投票権・決定方式に関する不一致。2000年に採決された二ース条約は、EU拡大後の投票方式を各国「持ち票」(総計345票、独仏英伊=各29票、スペイン、ポーランド=各27票など)による多数決方式を定めている。これに対し、憲法草案は二重多数決制((1)過半数の加盟国の賛成、(2)賛成国人口が加盟国総人口の60%を超える)をうたっている。こうしたなか、スペインとポーランドが「持ち票」制の継続を主張して譲らず、二重多数決制を支持する独仏など多数の国との対立が解けず、憲法成案策定の協議は決裂した。EUは04年前半の議長国アイルランドの下で、憲法策定に再挑戦することになった。
 共通防衛政策に関しては、独仏が常設の司令部の設置を主張したが、対米配慮を優先する諸国との対立があり、軍事行動ではNATO(北大西洋条約機構)優先を確認しつつ、平和維持、人道救援活動などを目的としたEU独白の作戦機能の新設を決定した。一国覇権主義を強行しつつ世界的規模での軍事力配置の再編を進めている米国との関係、および、その米国が加わり強大な影響力をもつNATOとの関係のあり方については、EU内部でも、EUと米国との間でも、意見対立が強まっている。
 EUが直面しているもう一つの緊急課題は単一通貨ユーロと加盟国財政・経済の安定化である。直接のきっかけは、財政赤字を国内総生産(GDP)の3%以内に抑えるというEU安定・成長協定の規定を、独仏両国が守れなかったことにある(独仏の財政赤字は2004年まで3年連続で3%を超える)。同協定は、ユーロの安定のため、ユーロ参加各国に財政赤字をGDP比3%以内に抑えることを義務付け、違反に対する制裁(罰金)を定めている。欧州委員会と他のユーロ参加国が赤字削減策の実行を強く求めたが、独仏はこれを受け入れなかった。
 EU財務相理事会は制裁の検討に入っていたが、やはり赤字抑制に苦しむイタリアなどが制裁手続き停止(凍結)を支持したため、制裁は少なくとも2004年末まで凍結された。こうした財政難の背景には、高い失業率や景気の低迷、国際競争力を口実とした企業減税政策などがあり、多くのEU加盟国で、社会保障・福祖改悪などの犠牲転嫁政策が強行されつつある。(宮前忠夫)