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国旗 世界の労働者のたたかい
英国
2005

政治経済の概況

 英国経済は総じて好調を続けており、2003年の実質GDP成長率は2.2%であったが、2004年の成長率は3%を上回る勢いを見せた。とりわけ雇用情勢が安定しており、住宅価格は沈静化したものの投資が堅調であるため、景気を支えている。輸出の不振が製造業に深刻な影響を及ぼしているが、国内消費がこれを埋め合わせている。消費者物価上昇率は2004年も1.3%程度と政府目標の2%を下回る模様であるが、年末にかけてややインフレ傾向を強めている。政策金利は今年だけで4回(2月から8月)0.25%ずつ引上げられ、年初の3.75%から4.75%となった。失業率は、英国統計局の数字で2003年の年平均5.0%(ILO基準)から2004年後半には4.7%へと記録的な低水準の傾向が続き、年平均でも4.8%を切る模様である。
 政治の面で最も注目されたのは、6月10日の地方選挙、欧州議会選挙とロンドン市長選のトリプル選挙であろう。
 まず、地方選挙では、政権与党の労働党がイラク問題に対するブレア批判の嵐の中で大敗を喫した。166市で争われた地方議会選挙の結果、労働党が479議席減らして2,250議席となったのに対し、保守党は283議席増やして1,714議席、自民党は反イラク戦争を看板に137議席増やして1,283議席となるなど、労働党の一人負けの選挙となった。
 しかし、ロンドン市長選挙では、労働党ではあるが明確にイラク戦争反対の立場をとっている現職のリビングストーン市長が再選を果たした。
 また、欧州議会選挙では、英国が持つ78議席中、労働党が6議席減らして19議席となったものの、保守党も8議席減らして27議席となり、二大政党が議席を減らす結果となった。これに対し、英国独立党(UKIP)が10議席増やして12議席を獲得、自民党も2議席増の12議席とするなど、ここではイラク問題に加えてイギリス国民に根強い「欧州内の独立意識」が選挙結果に反映した形になった。

主なたたかい

<公務員の大ストライキ>
 11月5日、英国最大の公務員組合PCS(組合員26万5,000人)は、1993年以来最大規模となる全国ストライキを決行した。このストライキは、ジョブ・センター(職業紹介所)や社会保障事務所、年金事務所、徴税事務所、自動車免許試験所、博物館など多彩な政府機関160ヶ所を巻き込んで、全国の国家公務員20万人(PCS発表)が参加して行われた。大都市ではデモ行進も行われ、ロンドンでは約1,200人がウエストミンスター寺院までデモ行進した。この背景には、政府による公務員大リストラ計画(別項目参照)、年金支給開始年齢引上げ問題、労働条件の改善をめぐって、政府と組合との鋭い対立関係がある。とりわけ、国家公務員の大幅削減策は、現在中央省庁に所属している465,700人の公務員のうち、84,150人分もの職務を削減する案を含んでおり、その約半数の4万人が労働年金省の削減計画となっているため、同省の公務員から特に強い反発が出ている。2004年中続いた公務員の労働争議は、年を越してもつれ込む様相を呈している。
 闘いの経過:PCSは、すでにいくつかの省庁で賃上げ闘争をはじめとするたたかいを継続して来た。
 1月29-30日には、国務省、法務省など4省の公務員約2万人が48時間ストライキに入った。PCSの書記長サワッカ氏によると、原因は使用者側の低賃金政策だと非難した。また、現在は省庁毎の交渉を余儀なくされているが、1990年代の保守党政権が解体した全国給与協約制度の回復も求めていた。
 2月16-17日には労働年金省関連の48時間ストライキがあった。これは労働年金省などで働く低賃金の公務員が、その待遇の改善を要求して2日間のストライキを行ったものであるが、ジョブ・センターや社会保障事務所、年金事務所などの職員約9万人が参加した。
 4月13-14日には、労働年金省や統計局の職員ら3省の労働者が賃金問題の解決を要求して48時間ストライキを決行した。この時は3月の予算報告における公務員大リストラ計画の発表を受けた形で10万人規模のストライキとなった。

<ロンドンの地下鉄スト>
 英国の鉄道関係主要組合であるRMT(67,000人)は、近年書記長に就任したボブ・クロウ書記長のもとで、際立ったたたかいを展開してきている。中でも、ロンドンの地下鉄における団体交渉は、5労組の中で最も大きなRMTが近年における賃金・労働時間交渉においてスト構えで徐々に有利な条件を獲得した。
 6月29日、交渉期限切れのため、ロンドンの地下鉄労働者数千人が1日ストライキを決行した。RMTによると、「運転手・信号係を含む7,500名の組合員が固い団結によって100%成功させたストライキ」だった。ストは24時間ストであったが、翌日も十分な電車が動かず、ロンドン市内は大きな混乱が続いた。この交渉は、スト前日の28日まで続けられたが、組合側が当局の提示を拒否して暗礁に乗り上げた。組合の要求は、昨年から引き続き物価上昇を上回る複数年賃上げと、週4日勤務32時間制、人員削減反対である。これに対し、ロンドン地下鉄当局は、3.5%の賃上げ、2006年までに労働時間を現行の週37.5時間から35時間とすることを提示した。組合がこれを拒否した主な理由は、賃上げが不十分であるだけでなく、「ひも付き」だという点にあった。組合は、当局が賃上げと引き換えに作業慣行・既得権の変更を求めていること、オイスター・カード(カード式乗車券)に象徴される電子化などにより800人分の仕事が削減されるのではないかということを懸念している。
 昨年、傷病休暇中の地下鉄運転手がスカッシュをしていたとして解雇された問題で、運転手のバレット氏と彼を支援するRMTが不当解雇として訴えていた裁判は、8月5日和解した。バレット氏は、リハビリのため運動を勧められてやっていたと主張し、地下鉄当局は「一般常識」からして解雇は正当としていた。昨年11月には支援ストにもなった問題だった(本誌前号参照)が、バレット氏が8,500ポンドを受取り、訴えを取下げることで解決を見た。当局側は解雇の正当性が認められたとし、組合側は本人の希望で復職しなかったのであり、解雇ではないと主張している。バレット氏は、復職を希望せず、元プロサッカー選手だった経験を生かして、すでにスポーツ傷害セラピストとして働いている。
 11月23日、ロンドン地下鉄当局と鉄道組合RMTは、年末年始の運行体制で合意を見た。これにより、大晦日は24時間運行が実現した。また、賃金と労働時間に関する問題でも基本合意を見た。この合意によると、週35時間、プラス年52休日となり、組合側の要求がかなり実現した。さらに、金曜日と土曜日の深夜運転でも合意を見た。
 12月24日、大晦日と新年に予定されていたロンドン地下鉄信号係(約330人)のストは賃金合意ができたため、中止となった。また、人員削減、シフト延長、休憩短縮はやらないことになった。RMTは「イギリスの同僚職の中で最高の賃金を獲得した」として、満足感を表した。これにより、同労組信号係の年収は最下級で£31,500、最上級で£44,000となった。
 しかし、もう一つの組合Aslefは、24日ピカデリー線でストを打った。同線の半数近くの電車に影響が出た。これは、同労組の組合員が4つの赤信号を見落としたため、降格処分を受けた事件に関連したストライキであった。ロンドン地下鉄当局は、赤信号を見落とすことは重大な事故につながりかねない行為であり、9ヶ月の降格と再教育という措置は公平で適正なものであるとした。また、解雇したわけでもないのに、組合がストをやるのは行き過ぎだと述べた。Aslefはこの問題で新年にもストを構えていたが、29日に再教育処分ということで合意に達したため、ストは中止された。

<保母の無期限ストライキ>
 スコットランドでは、昨年6月以降、各市の保母の労働条件をめぐって紛争が続いていたが、2004年3月になって無期限ストライキという最悪の事態に至った。3月1日までにスコットランドの32市のうち、8市は保母との協定に成功したが、残る24市では保母が市側に誠意ある回答が見られないとして、同日無期限のストライキに突入した。公共部門の組合UNISONによると、保母の年収は約13,000ポンドだが、追加勤務に関連して4,000ポンドの上乗せを求めている。組合としては、統一交渉を求めていたが、市側は個別に交渉を進めていた。このため、比較的早期に妥結に漕ぎつけた市がある一方、4月に入ってもストを続けている12市のようにストライキが長期化した市も現れた。時給換算で組合側の要求が10.46ポンドなのに対し、市側の回答が8.76ポンドと大きな隔たりがあった。5月28日に妥結した州都エディンバラ市では、一時金として1,800ポンドから2,500ポンドが直ちに支給され、次年度より年収で15,906ポンド〜17,000ポンドという内容であった。
 6月3日にはグラスゴー市の保母の交渉が妥結し、残りは2市のみとなった。グラスゴー市の妥結内容は、6.8%〜23.1%の賃上げと一時金2,500ポンドであったが、先に妥結した市よりも見劣りする内容に同市の保母の不満が残った。最後まで残ったのはオークニー(Orkney)市で、同市の保母は9月21日になって妥結しストを中止した。

<消防士組合FBUが最終合意>
 8月、昨年中続いた一連のストライキの結果ようやく合意したはずの休日勤務について、労使の言い分が異なり、再びストライキの様相を呈した。問題となった点は、休日勤務を通常日同様の勤務体制とするかどうかであった。当局は、昨年の協定による賃上げ条件として、勤務体制の改革があったが、それが履行されていないことを理由に、合意していた昨年11月に遡る3.5%の賃上げと2004年7月からの4.2%の賃上げ実施を引き延ばしていた。これに対し、FBUは、協定違反であるとして、8月3日スト権投票を実施し、ストライキを構える事態になった。
 しかし、8月26日、ついに消防の労使合意が成立し、ストは中止された。この合意内容によると、FBUは休日労働を通常日勤務体制で行うのに対し、当局は超過勤務として2倍の時間換算を行い、代替休暇を与えることとなった。また、延期されていた賃上げは直ちに履行された。この休日勤務体制の問題こそ、「最後に残された紛争の火種」と言われていただけに、この解決は各方面の高い評価を得た。

<英国航空BAのストライキ回避>
 8月27日の週末にストを構えていたBAの手荷物係と搭乗手続係の組合員は、BA社と賃上げ合意したため、ストライキを中止した。数千人が24時間ストを予定していたため、実施された場合、ヒースロー空港などで10万人に影響が出て、観光シーズンの空が大混乱するところであった。合意内容は、向こう3年間に8.5%の賃上げと、2006年9月までに3回の一時金として1,000ポンド支払うというもの。関係組合であるTGWUとGMBによると、客室乗務員については課題を残しており、交渉は続けられる模様である。新たな病欠政策についても合意を見た。航空会社によると、1年間の病気欠勤日数は、全国平均で7日なのに対し、航空会社では労働者一人当たり17日を数えるという。BAはこれを12ヶ月以内に毎年10日までに押さえたいとしていた。

英国における労働争議

<数字に見る組合運動>
 英国統計局は、2003年の労働争議件数が過去最低を記録したと発表した。労働損失日数も50万日を切り前年の4割以下に、争議参加人数も約15万人と前年の16%に過ぎなかった。2003年のストライキの傾向は、公務部門、教育、運輸、通信部門でストライキが顕著であった。要求内容では、賃金問題が84%を占めた。
 統計的に見ると、英国労働運動の中心は、産業構造の転換とともに変化し、現在は公共部門にあると言える。職種では高度専門職、技術職で組織率が高い。2002年の英国全体の組織率は29%であったが、女性の専門職で60%の組織率を誇るのに対し、男性の工場労働者では38%となっている。組織率が最も低い産業は、成長著しい民間のサービス業で、販売・顧客係の職種は男女とも13%にすぎない。
 組合では、TGWU、GMB、Amicusなどが組合員の大幅減少に見舞われているのに対し、教育、看護、地方自治体を主に組織する組合では組合員数を伸ばしている。また、ストライキ数では、公共部門が多くなっている。年齢では、50歳代の3人に1人が組合に所属しているのに対し、25-34歳の層では4人に1人以下にとどまっている。

<炭労の歴史的大争議から20年>
 英国の炭労(NUM)は、1984-85年の歴史的大争議から20周年を迎え、英国各地でさまざまな記念行事が催された。かつて英国で最強の組合といわれ、何度も歴史の大舞台に登場し、50万人の組合員を擁した時もあったが、エネルギー政策の転換に伴う石炭産業の衰退とサッチャー政権による反組合政策とにより、炭鉱の閉山とともに鉱夫も組合員も大幅に減少し続け、今では3,000人を下回るまでになっている。しかし、閉山に次ぐ閉山で組合員がかつての100分の1になっても、炭労は粘り強くたたかいを続けている。

英国の労働争議統計
労働損失日数
(千日)
労働争議件数
(件)
争議参加人員
(千人)
1992
528
253
148
1993
649
211
385
1994
278
205
107
1995
415
235
174
1996
1,303
244
364
1997
235
216
130
1998
282
166
93
1999
242
205
141
2000
499
212
183
2001
525
194
180
2002
1,323
146
943
2003
499
133
151
2004
906
193
409
出所:Office for National Statistics, 注:2004年は速報値

英国戦後労働損失日数の推移
グラフ
資料出所:Office for National Statistics

組合と労働党の関係

 労働党は2月、ブレア政権に批判的な鉄道労組RMTに対し、労働党除名という厳しい姿勢で臨んだ。これは、RMTの5つのスコットランド支部がスコットランド社会党(SSP)に加盟する(労働党以外の党を支持する)ことをRMTの執行部が認めたことに対する措置である。RMTのボブ・クロウ書記長は、RMTとしては労働党からの除名を望んでいなかったが、スコットランド支部の民主的な決定を尊重した結果であり、残念だと語った。通信労組CWUのあるスコットランド支部もSSPへ献金したことが明らかになったが、CWUの書記長は労働党支持に変わりはないので、党規違反ではないとしている。また、6月には、消防士組合FBUが労働党からの脱退を決議した。FBU書記長によると、これは近年のFBUの争議に際し、労働党政府が取った対応に組合員が憤りを感じており、今回も争議解決の協定を破る側に立って組合に敵対した結果であるとした。こうしたことは100年以上に及ぶ労働党の歴史になかった事態である。
 これとは別に、昨年から主要労組の間で労働党との関係を見直し、財政支援などをしないとする組合が増えるなど、組合と労働党との関係が冷え込んできている。特に注目されるのがビッグ・ユニオンの動きであり、英国最大の労組、UNISON(公共部門労組)やTGWU(運輸一般労組)の大会では、登録党員数を減らし、労働党の党費支払いを削減する議論が起こった。また、通信労組のCWUは、郵便局の完全民営化を見直さないのであれば、30万ポンドの労働党への献金をストップするとしている。さらに、英国で4番目に大きい組合GMBも7月、これまで選挙資金として労働党に提供してきた75万ポンドを労働党には渡さないことにした。その代わり、その資金を同組合の趣旨と価値観を共有する選挙候補者に直接提供することにした。こうした動きの背景には、イラク問題、公共部門の民営化問題、年金問題、労働組合政策、および組合の財政難などが影を落としているが、換言すれば、ブレア政権や労働党の政策に対する組合の影響力が相対的に限られている結果でもある。いずれにせよ、2005年5月に予定されている総選挙を前に、労働党は資金面でも苦しい立場に立たされている。

公務員の大リストラ計画

 2004年2月16日付Financial Times紙が商務長長官ガーション氏(Sir Peter Gershon)を委員長とする政府委員会の内部報告をすっぱ抜いたことからこの問題が明らかになった。この報告書よると、8万人もの中位クラスの国家公務員を削減し、不必要な規制的行政を簡素化して、経費を節減し効率的な公共サービスを行うべきだと諮問していた。
 3月17日に発表されたゴードン・ブラウン財務相の予算報告の中には、これを受けた形で8万人規模の公務員削減案の概要が盛り込まれた。ブラウン財務相によると、3ヵ年で合理化しうる公務部門のリストラを断行しながら、必要とされる医療・教育・警察分野などへの再投資を行うというのが、基本的な方針だと説明している。言い換えると、「公務員の後方業務をできるだけ簡素化し、看護士や教員、警察官など国民サービスのフロントラインを増やしていく」としている。一方、「まれに見る持続的な安定成長を続けている英国経済」を支えるため、政府支出の拡大は避けられず、今年度は370億ポンドの支出超過になるという。ブラウン財務相は、この赤字財政を削減していくため、リストラや経費削減策が必要だと説明した。
 7月12日の政府支出報告の中で、ブラウン財務相は、2008年までの3ヵ年において公務部門で10万4,000もの職務を削減し、215億ポンドの経費削減を図る公共部門合理化案を発表した。その内訳として、中央の国家公務員(約465,700人)を8万4,000人以上、地方で2万人以上を削減するとし、この他、2010年までにロンドンやイングランド南西部の公務員職2万人を地方へ移転させ、内国歳入庁と税関局の統合、後方業務から窓口業務への配置転換(後方業務の電算化)を図ることなどが盛り込まれていた。
 これに呼応して、英国最大(約10万人)の省である労働年金省は、年金支給の電子化(受給者の口座に直接振込み)などにより、年金支給窓口の職員など4万人の削減ができるとしている。その他主なところでは、財務省が16,850人の削減を計画しており、国防省も15,000人の削減計画を発表するなど、各省庁が具体的な目標数を掲げた。

英国の労働時間制度

<英国の労働時間法>
 英国史上初の労働時間法として注目された「労働時間規制」法(the Working Time Regulations)が1998年10月1日施行された。この法律はEUの労働時間指令(1993)を英国法で履行したものであり、長時間労働あるいは休息なしの長期労働から労働者を保護するのが目的である。
 適用対象は、就学年齢以上のすべての雇用労働者に適用されるが、運輸労働者、海運労働者、訓練医、および公務保安要員を除く(別途規制されている場合あり)。また、経営管理職など労働時間に裁量権のある職種も適用除外となっている。
 この法律により、労働者は1週平均48時間(17週間=4ヶ月の平均で残業時間を含む)以上労働してはいけないことになった。また夜勤労働者の場合、24時間ごとに8時間以上働いてはいけない。また、最低の日毎(1日単位で11時間)・週毎(週単位で24時間)の休息期間、および1日の労働が6時間を超える場合少なくとも20分の休憩時間を求められる。年次有給休暇(最近13週以上の資格条件が廃止された)は、最低4週間(常庸で週休二日の場合20日、パートなら平均週労働時間の4倍)付与することになっている。ただし、イギリスに伝統的なBank holiday(8日)については法律に規定が無いため、法定年休とは別の有給休暇として確保するには労働協約による。
 なお、これらの法的制限が守られているかを示すため、少なくとも2年間労働時間の記録を保存しなければならない。深夜勤労働者には健康診断を義務付けている。法律の遵守について、使用者と従業員は、労働時間規制を実施しない旨、書面で合意できる(オプト・アウト)。もしそうした合意がない場合、この法律に違反すると、健康安全義務違反とみなされ、最大2年間の懲役または2万ポンドの罰金に処せられる。オプト・アウト (opt-out)とは、労働時間規制(週48時間上限)の適用を受けたくないとする労働者の権利とされ、使用者は個々の労働者とオプト・アウトについて同意を得る必要がある。

<EU指令との関係>
 EUでは、これまで1993年労働時間指令の見直し作業を進めていたが、欧州委員会は9月22日その改正案を発表した。最も注目された改正点である週48時間労働のopt-outの取り扱いは、ETUCが期待したような廃止の方向を打ち出すものではなかった。そもそもこのopt-out条項は、93年の労働時間指令の成立に猛烈に反対したイギリスのために、一時的な緩和措置として導入されたと言われているものであった。実際にイギリスだけが、この条項を多用してきた。その結果として、イギリスはヨーロッパで最も労働時間の長い国になっている。改正案によると、現行では労働者の同意を得れば週48時間以上働かせることができることになっているが、各国の法律で労使協定の必要性を明記した上で、opt-out条項を導入できることとした。このため、労働者個人との合意の前に労働組合との労働協約が新たな要件として導入された。団体交渉が行われていない産業・企業においては従来通り労働者の同意のみでよいとされている。その他具体的な規制として、労働者との同意契約は書面によることとされ、雇用契約締結時や試用期間中のopt-out契約は禁止、有効期間は1年(更新可)とし、原則として65時間以下とする、使用者は労働者の労働時間を記録し関係当局の開示要求に従うこと、当局は健康や安全などをチェックし必要な場合限度を超えてはならないよう命令できるなどとなっている。
 また、上限平均についての算定期間は、4ヶ月から1年に延長される。仕事があるときだけ呼出して働かせるon-call契約における労働時間を再定義して、職場で待機していても実際に労働しなかった時間は労働時間に算定しなくてもよいこととなる。以上の改正案に対し、イギリスの使用者団体は、弾力化は経営上必須でありopt-out規制が厳しすぎると猛烈に反発する姿勢を示している。一方、TUCも労働者の健康を脅かすものであり、到底受け入れられないとしている。

<英国の労働時間問題>
 TUCによると、英国では375万人が日常的に週48時間を越えて働いている。この数値は1998年と比較して7%しか減少していない。他のヨーロッパ諸国では、長時間働いているのは、大部分が労働時間上限の適用除外(Exempt)である管理職や高度専門職(professionals)となっている。週48時間以上労働することから法的に保護されていることを知っている労働者は3分の1に過ぎない。週48時間以上常に働いている人の3分の2近くは、労働時間規制のopt-out同意を求められたことがなかった。opt-outに署名した人の4分の1は、やむを得ずサインしていた。政府統計によると、7割の長時間労働者は時間の短縮を望んでいる。
 また、TUCの調査(最初のものは2003年11月に発表された)によると、イギリスで年間の不払い残業が、合計で230億ポンドに上るという推計結果が示された。これは、2004年に不払い残業をした人がその賃金を受け取っていたとすると、一人£4,650になるという。これは、2004年の初めから2月25日までずっと不払いで仕事をしていた計算になる。それゆえ、2005年の2月25日を「適正労働時間の日」とした。この日は、契約した時間しかやらないよう労働者に呼びかけ、如何に彼らの不払い残業や好意に経営者が依存しているかを思い知らせたいとした。

学費値上げ法案可決

 英国下院は、1月27日、大学ごとに3,000ポンドを上限に授業料を設定できる高等教育法案を賛成316票対、反対311票の僅差で可決した。ブレア首相は、重要法案での敗北を5票差で辛うじて免れたものの、学生の反対運動や与党労働党内から大量の造反を出した。この法案をめぐっては、与党内からも厳しい批判が相次ぎ、前年より首相の公約違反を訴える学生組織(NUS)や教員組合(NUT)などの運動が盛り上がりを見せていた(本誌前号参照)。この法案成立により、各大学は、これまで一律1,125ポンドだった学費を2006年から3,000ポンドを上限に大学ごとに設定できるようになる。このため、オックスフォードやケンブリッジなどの主要大学は、一斉に上限いっぱいの学費値上げをする模様である。

最低賃金

 2004年10月1日、イギリスの最低賃金額が改正され、成人は時間あたり4.85ポンド、18-21歳は4.10ポンドとなった。また、今回初めて16歳と17歳の最低賃金が時間当たり3ポンドと決められ、実施された。この年齢の若者は、従来最低賃金法の適用外であったが、政府は低賃金委員会(Low Pay Commission)の提言を受け、その最低ラインの新賃率を適用した。また、今回から10万人の家内労働者にも最賃率が拡張適用(時間当たりの平均個数で算出)されることになった。訓練期間中の者は適用除外となっている。自由党は最低賃金の引上げを支持しており、労働者の利益になるだけでなく、財政的にもよい事だとしている。保守党は最低賃金制度は原則として受け入れており、その引上げを邪魔するつもりはないと語った。保守党は2005年の総選挙で、最低所得層の所得税免除を公約に掲げようとしている。
 一方、12月、使用者団体のCBIは、2006年まで全国最賃の凍結を訴えた。TUCは2005年10月に成人の最賃を£5.35に、2006年10月には£6に全国最賃の引上げを要求してゆく。CBIは、2006年には時給で£5を若干上回る引上げに応じられるとした。2ヶ月前に£4.85に引き上げられた(7.8%の引上げ率)ばかりだが、低賃金委員会は2月末までには政府に次の勧告を出すことになっている。(木暮雅夫)