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国旗 世界の労働者のたたかい
スウェーデン
2003
はじめに

 ノーベル賞の国として有名なスウェーデンは、1814年以来約190年間、中立・平和を維持してきたことでも知られている。筆者が個人的に非常に興味があるのは、スウェーデンの選挙制度である。1909年以来といわれる比例代表選挙が特徴で、選挙になると街の中心に各政党が同じ大きさの仮小屋を建て、ビラやお菓子などを置いて、自政党の政策を訴えたり、中・高生などの学生を含む市民と議論している様子を実際にみてみると、日本の中身のない個人中心の選挙とはまったく趣を異にしていることが分かる。このようなスウェーデンのシステムを、主として支えてきたのがブルーカラーのナショナルセンターであるLOなどを中心とする労働組合運動であり、LOと社民党などが一体となって「福祉国家・スウェーデン」を築いてきたといえる。
 旧社会主義国や中国などにおいて労働組合が企業の民主化や労働者・国民の生活の安定・改善に果たした役割は、そう大きなものではなかったことが明らかになってきている。そのなかで労働組合運動として注目されるのはヨーロッパであるが、とりわけ北ヨーロッパ諸国では、労働組合運動が社会建設に大きな役割を果たしてきたことが、再び、注目されはじめている。
 本稿では、その代表国であるスウェーデンの労働者・労働組合の要求や政策がどのようなものかをみるとともに、スウェーデン労働組合運動の到達点・成果を整理し、最後に最近の労働組合運動の要求と課題について簡単にみることにしたい。スウェーデンの労働組合運動をみるうえで、注意すべき点は、産業別・企業規模別労働者構成はパブリック・セクター、大企業、中小企業がそれぞれ3分の1となっており、日本で言う「公務員」が非常に多く、中小企業労働者がすくないことである。しかも、労働者の大多数は組織化されている。

賃金

 スウェーデンの「賃金・所得」は日本に比べると、労働組合の要求もあって、はるかに「社会化」されている。それ故に、賃金をみるうえで労働コストからみた経営者負担金や税金の比率やそれがどのように再分配されるかを「労働力再生産費の社会化」や「賃金・所得の社会化」の視点から見ることが必要である。というのは、これ自体がスウェーデン労働運動の成果と言ってよいからである。スウェーデンの場合、経営者負担金と税金を合わせた比率は、労働コストの約3分の2にのぼる。社会福祉・保障の費用を誰が負担し、所得の再分配がどのようになされているかは、その国の労働運動発展の尺度と言ってよいかもしれない。経営者負担金の内訳は、例えば、老齢年金保険料、遺族年金保険料、疾病保険料、労災保険料、労働市場(失業)保険料などである。税金は地方所得税が約31%で、2001年5月時点で、20500クローナ以上の所得を得ている者には、さらに国所得税20%が課せられる。加えて、買い物した時には、25%のMOMS(付加価値税)が付け加わる。ただし、日常的な生活必需品は12%である。
 ナショナルセンター別(スウェーデン労働組合総連合LO、全国俸給職員組合連合TCO、大学卒専門職能別組合連合SACO)にみた平均賃金は図表1のごとくである。最近、ウェイジ・ドリフトを除くと賃金労働者の賃金上昇率が俸給職員などを上回るようになっており、1997年から2000年の4年間でみると、男女間およびナショナルセンター間の名目的な所得格差は縮小している。
 労使賃金交渉の経過をスウェーデンと日本で比較してみると、次のような違いがある。
日本の春闘では、例えば、今年のようにトップ・バッターとしてのトヨタが、経営者は「原則として定期昇給はやるが、ベースアップはやらない」と発言し、結局、トヨタ労組は、「ベースアップ要求見送り」、その代わりに「労働の質的向上による成果配分」として6万円を要求している。この「トヨタのベアゼロ」要求が労働界はじめ世間に与えた影響は、「トヨタ・ショック」といわれたと一部のマスコミが報道している。それも必ずしも間違いとは言えないが、日本の労働者・国民がトヨタの賃金闘争を、自分に関係のある問題と考え、「ショック」を受けているかは大いに疑問である。このような日本の賃金闘争は、あくまでも大企業中心の企業別労使交渉であり、大多数の労働者はまったくといってよいほど関心を持っていない。失業者やアルバイト・パート労働者のみならず中小企業などの未組織労働者には、直接的には、まったく関係がないからである。日本の賃金交渉は、スウェーデンと比較すると、基本的には、すべて経営者の土俵での経営者ペースの賃金交渉であるといってよいだろう。
 スウェーデンの場合には、労働組合組織率は近年低下しているとはいえ約80%と高く、賃金についても中央交渉や産業別交渉が中心で、企業別交渉はそれらが決着した後になる。企業別・工場別交渉などで、ウェイジ・ドリフトが発生するが、それはLOにとっては、あくまでも二次的なものである。LOが一貫して追求してきたのは、連帯主義的賃金政策である。これは最近、特に経営者の攻撃の的となっているが、LOの基本的な方針は変わっていない。この政策の結果、企業別賃金格差や性別賃金格差などが大幅に縮小してきたことは、LO労働組合運動の成果として評価されている。表1にもその一端は現れている。賃金は年金や労働組合が管理する失業手当にも影響するため、賃金格差の縮小は労働者・国民の連帯を強化するうえで非常に大きな位置を占めている。それゆえに、労使の賃金交渉は労働者・国民全体の問題として、絶えず関心を呼ぶことになる。
 2002年4月からホワイトカラーの臨時派遣労働者部門全体を対象とする独自の協約が施行されている。この協約はTCO所属のHTF(商業従業員組合)やSACOの関係者がサービス業使用者協会と結んだものである。これによると2002年4月から臨時派遣労働者の賃金は2.8%引き上げられ、月額で最低250クローナ増が保証された。2003年4月からは、賃金は、さらに2.6%引き上げられ、最低増加額は月250クローナとなっている。
 賃金制度は1990年代以降、特に多国籍企業では、それまでの純粋に職務評価による賃金制度から職務評価部分と個人の能力評価による賃金部分から成り立つ制度に変わりつつある。これは賃上げ交渉での企業・事業所、あるいは個人別交渉の役割の増大と並行して進んでいる。しかし、スウェーデンでは、あくまで職務給が基本であり、その職務に必要とされる個人の能力や成果についての評価が重視されはじめているのである。これが日本のように経営者の一方的な決定でなされているわけではない。労働組合も深く個人の評価にかかわり、企業による査定を有効にチェックしている。

表1 常用雇用者の所得(中位数)
年間所得(2001年) 指 数
2001年 1997年
LO  女性
   男性
TCO 女性
   男性
SACO女性
   男性
総数 女性
   男性
SEK 208,000
244,000
239,000
309,000
281,000
356,000
232,000
269,000
100
117
115
149
135
171
112
129
100
120
117
150
141
185
111
133
(注)1)単位SEK=クローナ、2)LO, The Swedish Labor Markets, Facts & Figures, 1999及びLO, The INCOME LADDER IN THE YEAR 2001より作成

労働時間

 スウェーデンでは週40時間労働制をとっており、また、最低5週間の有給休暇の取得が法律で決められている。この水準はヨーロッパでは、必ずしも高い水準ではない。実際には、3分の1を占める公務員など6週間以上とっている労働者も多い。この権利を放棄する労働者はほとんどいない。
 また、2000年以降、大半の産業では、労使交渉により労働時間は週38時間に削減されている。LO傘下の金属労働組合の場合には、協約で週平均39時間労働となっている。しかも、この時短の実現にあたっては、労働時間のフレックス制の容認が条件となっていた。その内容は経営者が1日に24分、あるいは週2時間の残業を労働者に命ずることを認めるものであった。その具体化については、支部交渉に委ねられている。
 「労働力と雇用の実態(モデル)」(図表2巻末)をみると、スウェーデンにもパート労働者が多いことが分かる。しかし、最も多いのは、両親休暇など権利としてパート労働を選択している常用のパート労働者である。しかも、そのほとんどは労働組合員である。最近、労働時間の要求としては、もっと働きたいというパートの要求が強い。スウェーデンで最も多いのは、権利としての常用・短時間パートであるが、臨時的なパートも少なくはない。これらの人々のなかに労働時間を延長して欲しいという要求がつよい。また、2002年7月には、パートタイム労働者と期限付き労働者に、正規労働者と同じ賃金と労働条件を保証する2つのEU指令を満たす新法が施行された。これは補足年金制度にも大きな影響を及ぼしている。
 政権党である社民党は、週40時間労働の維持を主張しているが、協力政党である左翼党(旧共産党)は週35時間労働を主張している。時短をどう進めていくかは、労使交渉の主要テーマとなっている。

雇用・失業

 スウェーデンの失業率の推移は(図表3)のごとくであり、バブル崩壊後、一時10%を超えた失業率も4%弱へと低下してきた。スウェーデンの失業率をみる場合に注意すべき点は、個人単位社会のスウェーデンにあっては専業主婦はほとんどいないため、例えば、男女が共同で生活している場合に2人が同時に失業しているケースは希である。日本に少なからずみられる、男性である「主人」が失業して一家が崩壊というケースは、スウェーデンの場合には考えにくいことである。
 2002年7月に失業保険給付が引き上げられ、給付の下限が1日320クローナ、上限は、月給2万75クローナの80%である。これによると、賃金の8割に当たる全額支給者の割合は72%になるという。失業者の職業訓練制度や所得保障制度も充実しているが、それのみならず雇用形態別労働者(図表3巻末)の相互補完関係の動向をみることは「福祉国家・スウェーデン」をみるうえで極めて重要であろう。スウェーデンの労働運動が雇用面で、どのような相互助け合いのシステム、「連帯賃金」になぞらえて言えば、「連帯雇用」(筆者の造語)のシステムと言うべきものを築いてきたのか、はきわめて興味深い点である。そのキーポイントは同一労働同一賃金の原則であり、常用パートの存在である。しかも、どのような雇用形態あるいは年金者、失業者でも、そのほとんどは労働組合員である。アルバイトで働く大学生にも組合員はいる。失業保険を労働組合が管理していることも特徴的である。
 スウェーデンの欠勤率は約20%と、ヨーロッパのなかでも非常に高いことで知られている。比較的、気楽に休むことができるからである。しかし、バブル崩壊後の1990年代半ば頃には、失業率も非常に高くなり、また経営者の出勤率管理が厳しくなり欠勤率も大幅に低下した。だが、2000年頃から1980年代以前の水準に戻っている。

社会保障・福祉

 「個人単位」を原則とするスウェーデンでは、専業主婦という言葉は死語となっており、男女ともに労働による賃金や所得によって生活することが基本となっている。LOが長い間掲げてきた連帯賃金政策によって男女の賃金格差も大幅に縮小しており、また、高齢者の年金や福祉のみならず、子どもや障害者を含めて国民全体の生活の安定や人間発達を「個人」として保障するエコノミック・セキュリティが充実している。例えば、教育・医療の無料化・低料金化、児童手当、住宅手当、疾病手当などが経営者負担金や税金によって保障されている。これらの所得の再分配は、移民など経済力の弱い家庭に、また子育て期など家庭経済の逼迫する時期に手厚く保障されるようになっている。これはLOなど労働組合の要求でもある。また、LOや社民党は成人教育(継続教育)などによる「教育の再分配」や地域による格差をなくすための、「文化享受の機会の再分配」にも絶えず配慮してきている。
 もう一つ、筆者がスウェーデン行ったときに何時も感ずることを付け加えるなら、日本に帰国したときにすぐ目につくのが、大会社などの看板と並んで、進学塾や英会話スクールなどの学習塾、病院、結婚式場や葬儀屋の看板であるが、これらがスウェーデンにはないことである。教育が無料なだけでなく、スウェーデン人は派手な結婚式はやらず葬儀にも費用はかけない。ほとんどが民営化され、生きていく上での基本といえる教育、結婚、住宅や葬式の費用で喘いでいる日本人と対照的である。

労働組合

 スウェーデンの労働組合組織率は平均約80%と非常に高い。ナショナルセンターとしては、ブルーカラーを組織している最大の中央組織LOとホワイトカラーを組織しているTCO、大学卒業者専門職中央組織のSACOの3つがあり、それぞれが多くの産業別組織を傘下に抱えている。比較的組織率が低いのは民間の卸売・小売業やサービス産業である。
 1932年の総選挙で、LOの支持する社会民主党が多数の議席数を獲得し、スウェーデン史上初めての社会民主党政府が成立する。その後、中央党や左党(旧共産党)の協力を得て長い間政権を維持する。その結果、労使関係の状況は一変することになる。それは労働組合側が、もはや政府を当然に使用者側の同盟者であると考える必要がなくなったからである。かくして、LOは、新たな戦術へと方向転換することになる。
 スウェーデンの労働組合運動の特徴は、LOとスウェーデン政治の両輪を担ってきた社会民主党が政権を担っていることもあり、「経営参加」や「政策形成への参加」が非常に進んでいることである。民間企業の場合には、団体交渉を中心としているとはいえ、労働者重役制も導入されており、安全委員会などへも労働組合が参加しいてる。
 政策履行過程への労働組合参加は特に進んでいる。労働組合代表は、政府の政策履行機関である各庁の決定権を持つ行政委員会(ボード)へ参加している。労働組合代表が参加している主な行政ボードとしては、全国労働市場ボード(AMS)、地方労働市場ボード、全国教育ボード(SO)、公正取引(自由通商)ボード、社会保障関係のボード、全国産業安全ボードなどがある。なかでも総合的雇用政策を行う全国労働市場ボードはその代表的なものであり、その構成は、労働側代表は経営側代表を上回っていた。さらに地方の労働市場ボードなどにも、労使代表が参加していた。
 また、スウェーデンでは、80年頃までは、「中央集権的賃金交渉」が行われていた。この中央交渉は次のごとくであった。労使頂上団体のLOとSAF(スウェーデン経営者団体連盟)は他のいかなる組織よりも早く交渉に入る。3月から4月にかけてその交渉が妥結する。LOとSAFの中央協定が賃金交渉の出発点であり、また、賃上げの規範になる。その効力はLO傘下の組合のみならず、広くホワイトカラーの労働組合であるTCOにも及んだ。この時期にも産業・企業レベルで賃金ドリフトはみられたが、民間の金属産業労使が実質上大きな影響力をもった形でLOとSAFによる中央賃金交渉のヘゲモニーが確立していたのである。
ところが1982年、SAFが加盟する各経営者団体に産業別交渉を実施する権利、すなわち、SAFの許可なく争議に入る権利を与えることによってこれまでの中央交渉は分散化交渉に道を開くことになる。そして、SAFはそれ以降、交渉団体という自らの役割を大きく変えていく。1983年には、金属産業経営者団体(VE、1992年にVIへと組織転換)はMetall(LO傘下)、SIF(TCO傘下)と産業別交渉を行っている。分散化交渉の始まりである。この労使の分散化交渉は、1990年代に入り一般化していく。また、労使関係をみるうえで決定的なのは、1990年にSAFは今後LOとの交渉を止めることを決定したことである。同時に、SAFは政策決定過程におけるコーポラティズム機関からも経営者側委員を引き揚げさせたことである。これはスウェーデンの労使関係が新しい段階に入ったことを意味しているとみてよいだろう。中央交渉中心の労使交渉から産業別交渉中心への移行を、篠田武司氏などは「組織された分散化」(注 篠田武司編著『スウェーデンの労働と産業』学文社、2001年、39ページ)と捉えている。
 筆者のインタビュー調査をもとに若干付け加えると、自動車産業・Volvoの場合、主力の乗用車部門を売却し大型トラックやバスの世界的企業になった。そのため、乗用車生産工場であるトーシュランダ工場はフォードに売却されており、この工場は、車名としてはボルボという車を造っているが、正確にはVolvoの工場とは言えない。しかし、工場が売却されたからといって、日本のように企業別組合ではないので、労働組合の名前が変わったり、そのことによって方針が大きく変わるというようなことはない。これは産業別組合の長所といっても良いだろう。
 また、日常の組合活動についても、経営者と日常的に相談しながら企業運営にタッチしているケースも多いという。例えば、ヒアリング調査をした、NCCという建設機械の会社では、所長と組合専従のオフィスは扉ひとつで隣り合わせており、特に人事・労務関係などのことはよく相談するとのことであった。オフィスや食堂、健康施設など労働環境にもよく配慮されていた。

おわりに

 最後に、最近の主な課題を二、三指摘しておきたい。
 第1は、男女別賃金格差の問題である。性別賃金格差の非常に小さい国として有名なスウェーデンで、2001年1月1日に新男女雇用機会均等法が施行されたが、その後、賃金格差は一向に縮小していないという。「年齢、教育水準、職種などを考慮しても、8%の格差は男女差別によるもの」という指摘もある。2002年には、LO傘下の労働組合が賃上げ要求で協調した結果、低賃金の女性労働者が圧倒的多数を占める商業・サービス、ホテル・レストランや地方自治体などの労働組合は、製造業より実質的に高い賃上げを実現している。しかし、TCOやSACOの労働組合では、個別的賃金交渉の拡大により男女間賃金格差は、むしろ拡大している。また、清掃などの外部委託により清掃労働者の賃金低下も目立ってきている。政府やLOなどは、いわゆる「同一価値労働同一賃金」や男女間の「職務差別」の解消に積極的に取り組んでいる。とりわけ政府部門の労使は、政府内のあらゆるレベルで男女の機会均等を促進していくことを決めている。必要ならば、「逆差別」の措置もとるという。
 第2に、失業保険について触れておきたい。ほとんど労働者は月間所得の80%を保障されているが、公的失業保険には月2万75クローナという上限がある。そこで賃金水準の高いSACOやTCO所属のSIFは補完的失業保険を提供しており、地方公務員組合(SKTF)も任意保険としての補完的失業保険を実施することになっている。2015年頃に予想される大幅な労働力不足への対策なども労使の課題として残されている。
 日本とスウェーデンはグローバリゼーション、IT化や女性化、高齢化など同じような問題に直面しながら、スウェーデンの労働組合運動の場合には、社民政権を支えながら自分たちの要求・政策をマクロ・ミクロレベルで実現してきたのに反して、日本の場合には政権獲得は言うまでもなく、労働者の要求を労働者・国民全体の立場から政策化・要求化することにすら成功していないということができる。日本の労働運動がヨーロッパの労働運動の1週遅れ、2週遅れと言われる所以である。日本の労働者が労働組合運動を新しい日本社会の建設に、どう位置づけどのような運動をしていくのかが問われているといえよう。