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国旗 世界の労働者のたたかい
アメリカ合衆国
2004

 イラク戦争と労働者のたたかい

 ブッシュ米政権とブレア英政権によるイラク戦争は、「イラクのサダム・フセイン政権は大量破壊兵器を持っているはず」であり「脅威」だから、軍事的に叩く、という文字通りの先制攻撃政策にもとづく戦争だった。米国内では、多くの人々が2001年9月11日の同時多発テロはイラクのフセイン政権がかかわっていたと信じている人が多かったという。だが、その一方、労働組合運動のなかで反戦運動が新たな質的な発展を見せたことが注目された。AFL-CIO(米労働総同盟・産業別会議)の全国指導部は参加しなかったが、地方レベルでは多くのAFL-CIO系組合をふくめ、草の根の行動がくり広げられた。

◆USLAW
 2003年1月、USLAW(US Labor against War、直訳すれば「反戦労働者」)が発足し、全米の組織労働者の三分の一を擁する反戦ネットワークができた。イラク戦争でブッシュ政権は「テロとのたたかい」に名を借りて、あるいは「国家の安全保障」のためとして、労働者の基本的権利への攻撃、国民の人権侵害、移民労働者への攻撃など、国内に矛先をむけた戦争でもあったとの位置づけを明確にした点が注目される。
 また、米国の「多様性」(多民族・人種など)を反映して、反戦運動でも参加団体やグループ、個人の間には、強調点の違いが現れたが、USLAWは、イラク戦争、占領に反対するという点での一致点を重視した。これも米国の反戦運動では新しい発展だった。参加者のなかには、中東のイスラエル・パレスチナ紛争問題でイスラエルを一方的に非難する人もいれば、国連主導ならばイラクにたいして軍事行動を起こしてもいいと考える人もいる。これらの論争をUSLAWの運動のなかに持ち込まないよう注意を払っている。
 さらに2004年の米大統領選挙に関しても、ブッシュ再選阻止という点ではおおかた一致するものの、だからといって自動的に「民主党ならOK」という立場に立つことを避けた。それは、民主党の候補者指名争いに名乗りをあげた人たちの多くは、イラク侵略を多かれ少なかれ支持し、戦時立法的な「愛国者法」(Patriot Act) にたいしても中途半端な態度で、9人のうち戦争反対を明確に表明しているのは2人だけという事情が大きい。さらに、USLAWに参加してくる人の多くは、選挙で民主党を支持するとしても、保守的自由主義者や緑の党支持者もおり、政治的な多様性も考慮したものだった。
 10月24-25 日、シカゴで、USLAWの初めての全国会議が開かれた。組合員50万人を代表する154 人が参加した。
 会議で基調演説をしたAFL-CIOの書記をつとめたことのあるビル・フレッチャー氏(現在は、おもにアフリカ系アメリカ人の間でアフリカ、カリブ海地域、南米などにかかわる米外交政策についての啓蒙活動をおこなっている「トランスアフリカ」の会長)は、次のようにのべた。
 「米国の労働組運動は、米国の企業および政治状況との関係で運動を規定してきた。独特の愛国主義という一点でまとめられるような共通の利害がある、との考え方を受け入れてきた。いや、たしかに、組織労働者の側から米国の外交政策にたいする批判はあったけれども、米労働組合運動は概して、外交政策の批判者の中心にあるとは考えてこなかった。外国の労働者との連帯が重要なものだとは考えてこなかった。皮肉なことに、米国の労働組合は、インタナショナルと呼ばれている。カナダに組織を拡大していった結果だが、のちにはカリブ海にも、帝国アメリカの拡張と相まって進出した」。                                
 3月に英米軍による空爆でイラク戦争は始まった。それまでの米国の反戦平和運動では、こうした危険を阻止できないと、運動は挫折してしまうことが多かったが、USLAWはちがった。戦争中も、さらに英米軍がイラクの首都バグダッドを「陥落」させ、占領支配を始めて以降も、ブッシュ米政権の行動を監視し、戦争反対、占領反対の旗を掲げつづけている。

◆国防を口実にした攻撃のつよまり
 2001年1月に発足したブッシュ政権の一つの大きな特徴は、徹底した労働者、労働組合運動敵視の政策だが、それが2001年9月11日のニューヨーク、ワシントンへの同時多発テロ攻撃の直後から急速につよまった。それは「テロとのたたかい」を口実にした労働者、労働組合の権利を根本から否定するものだった。
 2003年の一つの典型例は、空港の乗客や手荷物の安全検査をおこなう労働者の入れ替えと団体交渉権の剥奪をセットにした攻撃だった。9・11の直後、ボストン国際空港でテロリストがカッターナイフなどを持って搭乗できたのは安全検査がずさんだったからだとして、議会は検査労働者に非難を向け、検査をそれまでの民間会社委託によるのではなく、運輸省の直接の管理でおこなうとする運輸安全法を成立させた。これにより3万人の労働者が解雇された。そのほとんどは、アフリカ系、中南米、アジアからの移民(外国人)労働者などで最低賃金レベルの待遇で働いていた人たちであった。過去10年ほどの間これらの労働者の間では、低賃金、劣悪労働条件から脱却するために労働組合づくりがすすめられた。その結果、サンフランシスコ空港ではようやく、検査労働者の賃金を10ドル以上に引き上げさせることに成功した。
 これらの労働者を連邦職員にするということになれば、賃金も高くなり、安全性も高まることは否定できないが、ここで大きな問題となったのは、議会が成立させた運輸安全法が、職員は「米国籍でなければならない」としたことだ。その結果、新体制下で再雇用されたのは3万人のうちわずか4,500 人だった。米国籍をもたない多くの「外国人労働者」が職を失ったのである。また、運輸安全局直轄になってからは、軍や警察を経験した人たちが管理職に採用されて「言われた通りに働け、質問はするな」式の職場になり、休日出勤など労働強化にもつながっているという。
 そうしたなかでも、2003年2月には、連邦職員連盟(AFGE)が、ニューヨーク州のラガーディア空港、メリーランド州のボルティモア空港、ペンシルベニア州のピッツバーグ空港、イリノイ州のシカゴ空港など3,300 人の労働者の要求実現のために団体交渉をもとめた。またニューヨークのケネディ国際空港などでは労働者が組織委員会をたちあげて団体交渉の申請の準備をはじめた。
 ちょうど、新しい体制のもとで検査労働者にたいして団体交渉権が禁止されたころだった。それは、ブッシュ政権の公務員にたいする攻撃の一環だった。司法省および新設の本土安全保障省の職員も、国防をそこなう危険性があるという理由で団体交渉権を奪われたが、2003年2月には、「安全保障」とかかわりのある地図の作成管理などをおこなうNational Imaginary and Mapping Agencyの職員の団体交渉も禁止された。この機関の任務である国の諜報活動を危うくするからというのが理由。

残業手当ルール改悪

 
企業リストラ、アウトソーシング、社会保険の企業負担削減などあらゆるコスト切り下げ策をとってきた企業への助け船として、ブッシュ政権は、時間外勤務(残業)手当ての廃止を打ち出した。50年ぶりの大改悪案だった。
 2003年3月ブッシュ政権は、労働基準法にあたる「公正労働基準法」(Fair Labor Standards)という法律の時間外労働にかんする条項の改定を提案した。ニューディール政策の一環としてつくられた労働者保護措置が、いま一つ消されようとしている。
 現在、時間外勤務については、雇い主は週40時間を超えた分の労働にたいして五割増しの賃金を支払わなければならないことになっている。ただしこれは、週給155ドル(約16,000円)以下の低賃金労働者に適用されているもので、職種によって適用が限られている。これを週給425ドル(約45,000円)以下とすることによって、適用者を約130 万人増やす一方で、「責任ある地位」で仕事をする人(管理職)は所定時間外を支払わなくてもよいとすることや、年収65,000ドル(約690 万円)以上の人も適用外とすることができるというものである。経済政策研究所(Economic Policy Institute=EPI)や労働組合などは、800 万人のホワイトカラーが時間外手当てを受け取ることができなくなるとして、反対している。対象となるのは、警察官、消防士、看護師、医療技師その他特殊技術をもっていて、時間外の仕事が一般化している業種である。
 法案は2003年12月はじめに下院を通過し、上院の採択を待って成立する。改定を強く求めているのは、商工会議所や小売業界、製造業者、レストラン経営者の団体である。
 何万人もの労働者が労働省に、改定反対を手紙(あるいは電子メール)で訴え、25万人がホワイトハウスに直接反対を伝えたというが、肝心のAFL-CIO加盟の労働組合の動きが鈍かった。ある調査によれば、加盟10単産のうち8組織は、時間外手当て改悪問題に触れず、反対を呼びかける行動をおこさなかった。反対を強く表明したのは、通信労組(CWA)と食品・商業労働組合(UFCW)の二つだけであった。議会では、下院で民主党の議員二人が、ブッシュ提案を阻止する修正案を出したが僅差で否決された。

雇用、賃金、労働時間

 大統領選挙を一年後にひかえて、ブッシュ政権は、米国経済の復調を強調してきた。経済成長が2003年第4四半期に8%を記録したこと、生産性が9% 上昇し、2001年1月にブッシュ大統領が就任していらい、 240万もの雇用が減ったのが、ややプラスに転じたというのである。企業の利潤は前年比で1.9%のびた。
 労働者の生活をみると、賃金の伸びは2003年11月現在で、前年同月比2.1%増で過去40年で最低の伸びだったそれにたいして、企業の所得の伸びは、46%。これはそれより前の景気回復期の伸びの平均が26%にくらべて「抜群」の伸びを示している。雇用報酬のほうは、過去の景気回復期の平均は所得の伸びが平均61%で55%を下ることはなかったのにたいし、2003年の「回復期」にはわずか29%だった。これが資本のための景気回復であって、労働者にとっては回復ではない、といわれるゆえんである。このなかで、低賃金労働者の割合が急速に増えているという。労働組合系シンクタンク「財政政策研究所」の報告によると、ニューヨーク州では1970年代から今日までの間に、低賃金労働者の割合が、1979年の3.6%から2000年に11.7%に増えている。
 現在の景気回復はまた、雇用改善を伴わないものであることも方々で指摘されている。ワシントン・ポスト紙がワシントンとその周辺で失業保険給付期間が切れてしまう人の数の予測を出しているが、人口約60万人のワシントンDCで5800人、隣のメリーランド州で2、200 人、バージニア州で29,600人と、深刻である。
 失業率は2003年12月に5.7%と6月の6.3%からやや改善が見られたけれども、この数字自体単純に改善といえるものかどうか、専門家は疑問をもっている。いい仕事がなかなか見つからないで、求職活動を断念してしまう人が増え、それらの人が失業者数に数えられないからだ。さらに、大企業はこの数年の間にレイオフした労働者を職場に復帰させることをせず、収益を増やしてきた。
 企業は新たに1,000 人しか採用していない(12月)。全米で940 万人が失業中であり、そのうち200 万人は半年以上も次の就職先が見つからないでいる。
 AFL-CIOは、1,500 万人が失業あるいは半失業状態にあり、労働力人口の5人に1人が半年以上失業していると見ている。

注目された主なたたかい

◆食品スーパー労働者
 食品スーパーマーケットの労働者の100 日以上に及ぶたたかいが全米の注目を集めた。それは、これが一地方の労働争議ではなく、米国の今後の労働者の権利、生活ともかかわる問題を投げかけたからだった。
 カリフォルニア州の食品スーパー労働者7万人が、賃下げに道を開く新しい制度の導入反対などでストライキに立ち上がったのは10月11、12日であった。たたかいは年を越した。
 世界最大の大型小売りチェーン・ウォルマートが新たなスーパーセンターといわれる大規模ショッピングセンターの建設をすすめ、あるいは食品部門にまでビジネスを拡大しようというなかで、危機感を募らせた既存の食品スーパーが競争力をつけてこれに太刀打ちするための方策として、人件費削減などを打ち出したことによる。
 伝統的に、食品スーパーの労働者は、そこそこの生活ができるだけの賃金を得ていた。フルタイムの平均賃金は15ドル(時給)で、年に25,000ドルから30,000ドルの給料が保障され、医療保険の会社負担もあった。従業員は多くがUFCWに組織されている。
 そこへ、労働組合を作らせず、サービス(強制)残業などで、コスト削減しながら店舗をさらに拡大しているウォルマートが、殴り込みをかけてきたというわけだ。2004年だけでも225 のスーパーセンターをつくり、その低価格販売、低賃金労働、最大限の利潤を追求するウォルマートは、2008年までには、米国の小売店の半分を占めるという予測もある。
 かつてアメリカの労働者を語るとき、自動車メーカーが代表格だった。もちろんいまでも、全米の最低賃金が時間当たり5.15ドルの時代に、三大自動車メーカーの組み立て工場の労働者は20ドルから25ドルであり、ある種の標準目標でもある。しかし、いま、かつての自動車のビッグ3(GM、フォード、クライスラー)ではなく、ウォルマートによって、アメリカの労働者の労働と生活水準の基準を作られようとしているといっても過言ではない。アメリカだけで3,200 のアウトレットをもち、2002年の売上が2,450 億ドルの巨大企業ウォルマートであるが、そこの労働者は平均時給7.5ドルという、車も買えないほどの低賃金である。
 既存の食品スーパー・チェーンは、たとえば新規採用の従業員については低賃金、医療保険料負担なしとすることや、在庫管理をアウトソーシングにするなどの方策をめざしている。これに労働組合が反対してたたかったのが、今回の食品スーパー・チェーンのストライキであった。

◆エール大学職員スト
 コネチカット州にあるアイビーリーグの一つ、エール大学で、事務職員2,900 人と食堂・清掃などの従業員約1,100 人が、3週間におよぶストライキをたたかい、賃上げ、退職者の年金の引き上げをかちとった。 
 当初、組合は賃上げを一年目3%、最終年7%の6年協約を要求したのにたいし、大学側は各年3?5%の8年協約を提示した。9月18日に妥結した内容は、6%の賃上げの要求にたいして8年で約40%の賃上げで平均金額は、年33,000ドルから42,220ドルになった。退職者年金については、勤続20年以上で平均年7,450ドルだったのがほぼ二倍になるという。企業のリストラ、コスト削減、賃下げ攻撃という、労働組合にとって冬の時代にあってじつに画期的な成果だった。
 なぜ、このような大きなたたかいが一つの大学で起こり、このような大きな成果をかちとったのか。
 ストライキではホテル・レストラン従業員組合(HERE)の2つの地方支部が、市当局や教会の聖職者、学生スタッフ、教授会などとの共同関係を結んでたたかい、とくに徹底的にピケを張ったことが成功の要因だったといわれる。
 エール大学は、税金を免除されている法人企業で、理事会はペプシコの社長をはじめ、ベンチャー企業家などが並び、学長には年金を月42,000ドルも払っている。それとは対照的に、大学があるニュ?ヘイブンは、米国でももっとも貧しい町のひとつとして知られている。5歳以下の子どもをもつ家庭の3割が貧困生活を送っており、乳児死亡率が中米のコスタリカより高い。エール大学は、その町で最大の雇用主になっている。今回のストライキの口火を切ったのは、わずか6人の退職者の年金引き上げ要求の座り込みだった。それが、労働組合の賃上げ、年金引き上げ要求のたたかいに発展したのは、地域住民や学生や教員スタッフなど大学関係者の共感と支援を集めたからだった。9月13日には一万人の大集会が開かれた。

二つの対照的な協約改定交渉UAWとUE

 2003年の全米自動車労組(UAW)とビッグ3(ゼネラルモーターズ、フォード、ダイムラー・クライスラー)の協約改定交渉は、今日のAFL-CIO系の労働組合の置かれている状況と弱点をもっともわかりやすいかたちでしめした。それにたいして、電気・無線労組(UE)は、ゼネラル・エレクトリック(GE)との協定改定交渉で、企業の横暴な論理を許さない原則的なたたかいを展開した。

◆UAWの譲歩
 UAWと米国3大自動車メーカーとの協約改定交渉は7月にはじまり、9月半ば、それぞれの交渉がまとまったが、結論的には、生き残りをかけるUAWが、やはり生き残りをかけて競争力の強化の必要を強調した企業側に譲歩したものだった。
 90年代、米国の3大自動車メーカーは、SU(スポーツ車)や大型トラックが売れて景気がよかったのだが、2000年前後からは日本を含むアジア、ヨーロッパのメーカーが北米での生産を増大させたことで、2003年夏には、ダイムラー・クライスラーがトヨタに敗れ、ビッグ3の米国市場占有率は60%にまで落ち込んだ。
 こういう状況のなかで、企業側と労働組合側ともに「アメリカの労資が外国の侵略に共同対処しよう」とでもいえる動きになっている。
 具体的には、企業側は工場をできるだけ減らしたり、労働組合のない工場をつくって組合に縛られないでリストラ「合理化」をはかり、賃下げの方向に制度を変えることをめざした。
 これにたいしてUAW側は、いかにして労働組合を維持し、現組合員の賃金を少しでも引き上げるかということに大きな関心を払った。米国では、ビッグ3が時給労働者の数を減らしているなかで、UAWは、部品工場(組織されている工場の割合はわずか20%)での組織化に力を入れはじめている。その結果、組合が賃金で譲歩する代わりに、企業側は、現在組合のない工場で組合(団体交渉権)を認めることが一つのパターンになった。
 賃金面での譲歩としては、それぞれの系列の部品工場の賃金の二重構造で押し切られたのが特徴的である。たとえば、2000年にフォードから分社化してつくった部品会社ビステオンでは、新規採用分の基準賃金を現在より30%低くする、そのかわりにフォードは、労働組合の組織されている工場への部品の発注を増やす、といった具合である。
 ダイムラー・クライスラーとの交渉でUAWは、今後4年に7工場を閉鎖あるいは売却することに同意した。インディアナ州の工場ではチームコンセプトとよばれる生産性向上の労務管理、一日10時間のシフト制まで受け入れた。フォードも2004年春までに3工場が閉鎖されることになった。
 80年代に自動車メーカーは、生産をメキシコや、労働組合をつくらせなくてもよい米国内南部に組み立て工場などを移していった。UAWは当初、この変化に対応して南部の移転先で組合を組織するということもしなかった。だが、そのころ日本車がビッグ3の市場に参入しているなかで、当時のオーウェン・ビーバーUAW会長などは、メーカーがアウトソーシングを増やすことによって国内生産のコストを低くおさえれば組み立て工場は維持できると考えた。
 今日UAWは、国内に製造業の雇用をまもるためには、経営者を相手にたたかうわけにはいかない、という立場を表明している。
 そして、毎度のことであるが、労資交渉中は、一般のメディアも進展を報道するが詳細は明らかにされない。妥結しても、内容が全面的に公表されないこともある。肝心の組合員は、交渉がおこなわれている間は何も行動を提起されることもなくじっと待機している、そういう協約改定交渉である。

◆UEの対GE交渉
 米国経済が低迷し企業経営者はますますコスト切り下げを優先させる立場から賃金、社会保険負担などで出し渋りを強めているなかでも、UEは対GE交渉で、賃金、年金、医療保険負担、雇用保障など一連の要求で重要な成果をおさめた。
 主な妥結項目をあげると、
 医療保険料 労働者に負担増を押しつける内容であったが、退職者にたいする負担増の押しつけは阻止した。
 賃上げ ただちに3%引き上げを実施し、2004年6月に2.5%、2006年6月に8%引き上げることになった。
 年金 現役世代でもっとも高かった3年間の給与をもとに計算した最低保障の幅が増えた。これまでは28ドル×勤続年数だったのが、40ドル×勤続年数に改善された。これまででもっとも大きい成果ということだ。
 このほか、特別早期退職手当ての問題では、55歳から59歳の労働者で、勤続25年以上の人がレイオフされている間に退職を申し出たばあい、年金を満額保障する、配置転換にさいしての手当てを2,500ドルから3,000ドル(同居家族がいるばあいは5,000ドルから6,000ドル)に引き上げるなど。
 2003年のUEのGEとの協約改定交渉は5月20日に始まったが、それ以前からすでにたたかい、医療保険料の労働者負担の増額計画にたいして2日ストをうつなど、はじめから攻勢にでた。
 交渉の冒頭、UEのホビス委員長は「長期の世界的な不況に企業スキャンダル、テロ、戦争、株の暴落、消費者の買い控え、購買力の低下にもかかわらずGEは長期にわたって記録的な売上、利潤を維持してきた」と、不況に強いGEであることを指摘。それだけ儲かっているのだから、労働者にはそれに相応しい分け前を、と迫った。2000-2003 年の協約では時給労働者の賃金の年2%引き上げだったが、「この期間には利潤で記録更新したのに労働者への分配が少なくなっている」ことを指摘して迫った。
 医療保険問題では、「賃上げをそこそこにおさえておいて労働者に負担増だけ押しつけるのは、納得できない」と迫った。
 UAWの交渉のばあい、労働組合員がひたすら交渉の結論を待ち、合意した協約案に批准、拒否の票を投じるだけであるのにたいし、UEの対GE交渉では、協約改定交渉中も、組合員がつねに要求を声に出して叫びつづける。

アメリカの労働組合動向

 米国の労働組合の組織率・人員ともに減少し続けている。米労働統計局は2004年1月、2003年の組織労働人口は1,580 万人(前年比36.9万人減)、12.9%(前年13.3%)と発表した。1983年の20.1%から20年連続して減少した。米国にはいま未組織労働者が4,200 万人いる。
 民間では前年比35万人減少、組織率は8.6 %から8.2 %、公共部門は民間にくらべれば減少幅が小さかったが、それでも2.2 万人減って37.2%だった。
 民間で比較的組織率が高いのは、運輸(26.2%)で、前年比で1.5 ポイント増加している。
 労働組合員の労働者の賃金は、そうでない労働者にくらべて26%高いのをはじめ、社会保険、年金の面でも有利であるというのは、変わりない。
 雇用そのものが減っていることと、制度的に労働組合をあらたにつくることがきわめて難しいという事情がある。UEの報告によると、経営者の90%は、労働組合をつくる動きがあると、労働者を強制的に反組合集会に参加させ、75%はプロの組合つぶしを雇うという。
 これらの問題に加えて、ブッシュ政権の政策、とくに北米自由貿易協定(NAFTA)など通商政策の影響が大きいといわれる。

医療保険が争点

 今日の米国の労働協約交渉では、医療保険が大きな争点になっている。米国には、日本のような政府管掌や保険組合の健康保険制度がない。全米で約4,300万人が医療保険に加入していない。その数は、保険料の値上がりや失業によって急速に増大している。賃金労働者は、多くのばあい、勤務先の会社が保険料を一定負担して民間の医療保険に加入している。雇い主負担率が一定していないため、労働協約できめることになる。近年、保険料が値上がっている(2003年は平均14%上昇)ことから、多くの企業は、保険料負担が競争力強化のさまたげになって入るとみなして、できるだけ低く押さえようとする。たとえば、ストライキが続くカリフォルニアの大手食品スーパーの場合も、ウォルマートという労働者の生活や権利をまもることにまるで関心を払わないような超大手のスーパーセンターとの競争をせまられるなか、保険料の切り下げを大きな柱としている。
 米国では、労働協約交渉での医療保険にかんする交渉は、現役の労働者だけでなく、退職者の保険についてもきめられる。
 かつては、健康保険未加入者数と貧困層の人口とかなり重なっていたが、最近では、たんに貧困層の問題ではない。零細企業の経営者やパートタイマー、母子家庭などでは、「医療保険料を払うと、給料の手取りが最低賃金以下になる」というほど深刻な問題になっている。

IT労働者

 米国ではいま、製造業だけでなくIT産業の分野でも、雇用が低賃金の途上国へ移り(off-shoringあるいはofffshore outsourcingなどという)、ソフトウェア・エンジニアの間での失業率が過去3年で3倍になっているという厳しい状況があり、各企業は、競争力をつけて利潤を増やすために、不払い残業を労働者に強要することも多い。
 かつて、自動車産業などで、日本やヨーロッパとの競争に直面すると労働組合は企業と「団結」してしまうことが多かったが、最近では事情がちがう。競争にうちかつために、企業は、米国では高賃金のハイテク雇用を海外に求める。また、政府がインドなどからの外国人労働者をIT分野で安い賃金で活用できるようにと、特別の労働ビザプログラムができており、ハイテク企業はマレーシアなどからの労働者を米国で養成して、それぞれの国で生産ができるようにしている。インドのバンガロールでは、米国の進出企業が現地労働者を年俸1,000ドル、米国の8分の1の水準で雇っている。米国のIT労働者は、将来への不安とともにおいてきぼりをくう。
 かつて時給40ドルから45ドル稼いでいたマイクロソフトの労働者が、いまではデパートの家電売り場の店員として時給10ドルそこそこで働いている、といった具合である。
 このため、これまで、高給取りの技術者というイメージが強く労働組合とは無縁のように思われがちだったソフト開発などのIT労働者が、部分的にではあるが、2000年を前後して労働組合作りに動き出した。
 現在CWA(米通信労組)には技術関係で70万人が組織されているが、そのうちIT関係では約5,000人。西海岸のワシントン州では、1998年にハイテク労働者連合(WashTech)、1999年にはIBM労働者のAlliance@IBMが結成された。いずれもCWAに参加している。WashTechは現在350人が組合費を払っており、団体交渉で代表する労働者は7人だけだが、そのe-mailリストには16,000人のハイテク労働者があるという。とくに2003年1月からは、8倍に増えた。Off-shoring反対キャンペーンを開始したことがきっかけだった。Alliance@IBMは専門職の労働者を中心に約5,000人を組合員あるいは賛助会員として組織している。西部オレゴン州ポートランドでは、ORTechというハイテク労働者の組合組織がある。これらの組織は、団体交渉権を獲得できるところまで前進することをめざしている。

移民(外国人)労働者の問題

 ブッシュ大統領は2004年1月、労働ビザを取得していない「不法労働者」(undocumented workers)にたいして、米国での一時就労(3年間、更新も可能)を認める措置を提案した。ゲストワーカー・プログラム(guest worker program)とも呼ばれている。対象となるのは、メキシコなど中南米からの就労ビザなしの労働者で、カリフォルニア州のいちご農場などの収穫作業、ホテルのメイド、レストランの皿洗いなど超低賃金の仕事についている人がほとんどである。フロリダではグレープフルーツ収穫に雇われている農場労働者3人に2人は「不法労働者」だという。雇い主も、「不法就労」を承知のうえで雇っている。今回の「ゲストワーカー・プログラム」は、幾百万もの「不法労働者」を合法的に雇うことができるようにしたものであって、これで労働者の側の賃金があがるわけでも、権利が拡充されるわけでもない。
 「不法労働者」は、法的には見えない存在であり、賃金未払い、強制残業、高い労災発生率、人種・性にもとづく差別、不当解雇などの不利益を日常的にこうむっている。
 また、多くのばあい、いわゆるインフォーマル経済、つまり違法ではないが制度的なものではない分野で日雇い労働者、個人の家の使用人、子守りなどとして働いている人が多いので、逆に「ゲストワーカー・プログラム」は適用されない。

混迷するAFL-CIO

<スウィーニー体制に挑戦する「5人組」>
 米労働総同盟・産業別会議(AFL-CIO)は、新たな混迷に直面している。1995年に、行き詰まった組織を変え、未組織の組織化を中心課題とすることを約束して登場したジョン・スウィーニー・サービス労組議長(当時)は、初めての全組織的規模の選挙で、有力単産の支持を受けてAFL-CIO議長に選ばれた。そして、最大の課題として「組織化」に取り組んだ。文字通りの鳴り物入りの取り組みで、そのための予算を組み、学生をふくめ教育しオルグ隊を動かした。しかし、それから8年、見たとおり米国の労働者の組合組織率は減少している。
 9月18日、スウィーニー議長が早々と次の議長選挙に立候補する意思を表明した。これは、有力組合リーダーがビジネスウィーク誌などで、「スウィーニーは2005年には退くだろう」との観測を語り、すでに次期議長候補を検討していることを示唆するなど、スウィーニー降ろしの動きが出始めたからだ。
 そうしたなか、AFL-CIOの5つの有力組合組織が、「新しい団結パートナーシップ」というグループを立ち上げた。スウィーニー執行部のもとでAFL-CIOがこの8年の間に、みるべき成果をあげることができなかったことに業を煮やした人たちだ。このうち、カーペンターズ(大工)とUNITE(服飾縫製労働組合)は、95年の議長選挙でスウィーニーを支持しなかったが、その他3組織はスウィーニーの有力支持組織だった。すなわち、スウィーニーの出身組織であるサービス労組(SEIU)、建設現場労組(LIUNA)、ホテル・レストラン従業員組合(HERE)である。カーペンターズは2002年にAFL-CIOを脱退した。
 だが、これら5組織の「パートナーシップ」は、米国の労働組合運動をこれからどうしようとしているのか、不明のままだ。組合を増やすということのようであるが、具体的な目標や方向は何もしめしておらず、現在の問題の深い分析らしきものもない。プラグマチックというべきか、「現在の労働運動の体制では、労働者を組織し、運動の各レベルで労働者の力をつけるうえで障害がある」と指摘する程度である。彼らによれば、小さい組合などは切り捨て、産業別に従来の大手の組合を大きくしようという考えである。SEIUなどはこれまで、一般労組化しており、小規模の組合を抱えているが、5人の方向というのは、そうした小さな組合はAFL-CIOには不要という考えも示唆している。

<克服できていない弱点>
 AFL-CIOは、米英のイラク戦争が始まるまでは、国連主導で問題の解決を、という立場を表明していたが、戦争に突入すると、ほとんど見解をのべることさえしなくなった。USLAWに参加する反戦労働組合運動の姿勢とは対照的である。
 8月初旬、シカゴで執行評議会が開かれたが、イラク、アフガニスタン、中東紛争については、沈黙していた。記者会見で政治担当書記は、2004年の米大統領選挙でブッシュを落とすことに最も大きな力を注ぐというのがAFL-CIOの立場だと説明した。記者の質問に、AFL-CIOのキャンペーンはもっぱら国内問題を取り上げるとのべた。
 民主党の候補指名争いに名乗りをあげていた9人の政治家の公開討論では、勤労世帯にとって重要なこととして5つの問題をあげたが、いずれも国内問題で、イラク戦争などは論外。労働者、労働組合運動にとって重大な問題を引き起こしている「国家安全保障」を口実とした攻撃についても言及しないようにしていた。北米以外ではメーデーに当たる9月初めの「レーバー・デー」(労働祭)でのスウィーニーAFL-CIO議長演説も、そうした線にそったものだった。 

<清算されない過去>
 今日のブッシュ政権がじっさいにやっているように、米政府が世界で覇権をつらぬくために、いかに横暴であっても、また、武力で他国の主権や自決権をふみにじろうとも、そういう重大な問題を避けて通ろうとするのがAFL-CIOの態度だ。そのような態度を取り続けている背景には、きちんと清算されていない汚れた過去がある。AFL-CIO加盟の組合の一部からも、その問題で公然と批判が出てきた。
 カリフォルニア州のAFL-CIOでは、2000年ごろから、外交政策との関係で過去の誤りを認めるべきだという意見がでてきた。「空気清浄」(つまり誤りの清算)決議で、全国指導部にたいして、この問題で話し合いをしようとよびかけた。その趣旨は、「空気をきれいにして」経済的社会的正義を求めて真のグローバルな連帯の政策をとること、とくに労働組合の団結権、ストライキ権、医療を受ける権利、教育権、社会的セーフティネット、強制残業根絶、移民労働者の権利擁護、スト破り禁止、諸国民の間の平和の追求という方向を実現しようということだった。
 AFL-CIOのスウィーニー議長は、イラクの労働者の権利を法的に守れという声明をだした。イラクでは失業率70%で、職についている人でも、月に60ドル程度だという事情を考えれば、これはもっともな提案に見える。だが、AFL-CIO議長はこれまで、イラク戦争も、占領についても反対、批判したことがない。ただ、公務員の団結権を禁止した1987年のイラクの法律を占領軍が踏襲したことだけを問題にしている。これだけみても、米国の「イラクに自由を」とか「民主主義」を広げるなどというスローガンが、いかに欺瞞的であるかがわかるのであるが、「スウィ?ニ?氏らは、結局、米軍のイラク占領になんらかの役割を果たそうとしているだけなのだ」という批判もでている。
 実際、AFL-CIOは、その「国際労働連帯センター」をつうじて国家民主主義基金(National Endowment for Democracy = NED)に参加して、国から資金を受けている。NEDは、レーガン政権時代の1983年に、「民主主義、自由を世界に広める」という名目で米議会によってつくられたものだが、各国で反米的運動に反対する勢力に資金などの援助をおこなう制度である。
 最近では、ベネズエラで2002年にベネズエラ労働組合連合(CTV)と財界が仕組んだチャベス政権打倒のクーデター策動が起きたが、AFL-CIOは、NEDをつうじて支援したことがわかっている。(岡田則男)