2009年7月21日
中央最低賃金審議会
目安小委員会委員各位
ワーキングプアの根絶にむけ最低賃金の大幅引き上げを
平成21年度地域別最低賃金額改定の目安審議にむけた意見書
地域別最低賃金改定の目安に関する調査審議に関し、以下、全国労働組合総連合(全労連)としての意見を述べます。
本年度の審議会では、おそらく、「深刻な不況の中で低下している企業の支払能力に配慮すべき」等の意見が影響力を発揮していることと推察します。しかし、不況の渦中にあるから最賃引き上げも抑制だ、と安易に結論づけるべきではない。むしろ深刻な不況だからこそ、最低賃金制度を設定する意味や機能をふまえ、できる限り積極的な引き上げをはかるべきと考えます。
不況を理由とした乱暴な解雇が広がっています。大量失業を前に、政府も緊急雇用対策の手を打っています。しかし、いくら雇用機会を作っても、そこで保障される賃金がまともな生活を営むに足るものでなければ意味がありません。実際、“派遣切り”などでハローワークに多くの求職者が列をなす地域でも、低賃金雇用には人が集まりません。生活がかかっているわけですから当然です。これを、「探せば仕事はあるのに、ぜいたくだ」などと批判する向きもありますが、最低限の生活を保障しえない賃金で人を雇用しようとすることこそが、間違いです。
家計補助、あるいは学業の傍らの小遣い稼ぎの就労があるのだから、生計費を度外視した賃金があってもよい、という従来の発想はもはや捨て去るべきです。なぜか。ここ数年の好況期に、日本ではワーキングプアが急増し、労働者の4人に1人は生活保護基準以下の低賃金で働くようになりました。彼(女)らの自活し、様々な業界で働き、企業利益の増大に貢献してきましたが、低賃金に据え置かれて貯蓄もできずにいた。そうした人々が不況の足音が聞こえるや解雇され、生活困窮に陥り、中には住居すら失う人もでてきました。これは、家計の他の稼ぎ手によって生活を支えられていない低賃金労働者が大量に存在することを示しています。
貧困世帯がどれだけいるか、政府は明らかにしていませんが、研究者によれば2007年時点での勤労貧困世帯数は675万世帯で全勤労世帯の19%を占め、10年で6.2%ポイント増加しています(後藤道夫「貧困急増の実態とその背景」貧困研究会編『貧困研究vol.1』2008年pp.120-121)。
低賃金労働の背景には、雇用問題(非正規の不安定雇用)もありますが、賃金に関していえば、今の低すぎる最低賃金の「責任」は重大です。最も高い地方でも時給766円、低い地方では時給627円。これでは賃金の下支えではなく、賃金抑制の役割をはたしていると言わねばなりません。昨年から施行された改正最低賃金法には、こうした事態を正そうという立法趣旨がこめられています。この状況の放置は、労働基準法も、憲法も許さないはずです。いかにして、できるだけ速やかに、最低限の生活を保障しうる水準に最賃を引き上げるか。これが、中央最低賃金審議会・目安小委員会に課せられた調査審議の課題です。
もちろん、最賃の決定にあたっては「通常の事業の賃金支払能力」についても考慮するとされています。そして、不況による「支払能力」の一般的な低下傾向は事実でしょう。しかし、今の最低賃金は低すぎるため、少々の引き上げでは経営に大きな影響を及ぼさないのが実態ではないでしょうか。最賃をいくら引き上げたら、どの程度の経営困難を引き起こすかについては、「コストアップを懸念する」「倒産・廃業が相次いでいる」などという一般的な話ではなく、最賃の引き上げが及ぼす影響(それが必ずしも平均賃金のアップではないことの注意)についての、事実に即した判断材料が必要です。従来、この検証が不十分だったのではないか。例えば昨年、平均2桁台の最賃引き上げについては使用者側委員から強い反対がありましたが、引き上げてみてどうだったのか。中小企業団体によるアンケート結果によれば、経営への影響はほとんどなかった、という受け止めが7割を占めていました。実際、今回の「賃金改定状況調査」の結果はマイナスでした。昨年の引き上げでも、小規模企業の総額人件費コストは増えていなかったのです。
以上より、全労連は、公益、使用者、労働者の三者委員が、そろって最賃の大幅引き上げを促す積極的な目安を答申されることを求めるものです。
以下、大幅引き上げの必要性と、それが可能である理由を述べます。
1.自己責任では抜けられない、ワーキングプアの実態
最低賃金を大幅に引き上げるべき理由の第1として、底の抜けたような貧困の広がりへの緊急対策としての役割があることを指摘したいと思います。
年末・年始から春、そして夏にかけて、各地で市民団体・労働団体による“派遣村”の取り組みが行なわれ、話題となっています。全労連も各地で関わり、相談・救済活動の傍ら、ワーキングプアの実態をつかんでいます。派遣村に駆け込んできた相談者の多くは、就労意欲のない無気力な人ではありませんでした。多くは直前まで、あるいは少なくとも数ヶ月前までフルタイムで働いていました。そんな人たちが、どうしてお金も住居もなくし、路上生活に至ってしまったのか。そこには“派遣切り”などの不安定雇用問題と同時に、「低賃金問題」が重く横たわっています。それは、自助努力では解決困難な問題です。
よく「正社員の仕事を探せばいいじゃないか」といわれます。しかし、低賃金労働で働くということは、休んで別の仕事を探す余裕もなく、日々稼がなければならないということです。月給制の安定雇用には、最初の給料をもらうまでの生活費保障がなければ不可能です。そもそも住居がない場合は、面接にもこぎつけません。
「住居が必要なら、頑張って働いて、お金を貯め、アパート借りればいいじゃないか」ともいわれます。しかし、不動産賃貸契約を結ぶには「安定した月収の1/3」という基準があり、敷金・礼金の一時払いも必要となるため、最賃水準の賃金では狭いアパートすら借りられません。無理をしてお金をためようとして、食費を節約しながら、深夜労働やダブルワークも含めた長時間労働をする。宿はお金があれば、ドヤ、サウナ、ネットカフェ、ハンバーガーショップ。しかし、なくなれば路上でしのぐ。不安定で劣悪な日々の暮らしと将来への不安は、心身を蝕み、結局、働けなくなってしまう。こうした状況が社会の底辺にじわじわとに広がっているのです。
ワーキングプアとは、自己責任では抜けられない“底なし沼的状況”であることに、審議会は注目していただきたい。必要なのは、雇用対策と同時に、制度による低賃金の底上げ、最賃の大幅引き上げです。
2.貧困の根絶は社会全体の課題
ホームレス状態にまで至らなくても、生活に困窮した労働者は多数おり、その対策としても最賃の大幅引き上げは必要です。この間、進められてきた「規制緩和・構造改革路線」は、この国の雇用・労働の在り方を流動化させ、中小零細企業にはコストダウンを強いることで経営基盤を崩しながら、大企業の収益体質の強化をはかってきました。そして今や、労働者の4人に1人、1000万人以上が年収200万円以下の低賃金で働き(国税庁08年調査)、「2人以上世帯」の2割は「貯蓄0円」(金融広報中央委員会07年調査)という事態に陥っています。新卒採用の機会に正社員になれなかった、結婚・出産退職せざるをえなかった、リストラにあってしまったという人々が、そこから「再チャレンジ」を試みて働きだしても、低賃金・不安定雇用ばかりの労働市場では、普通の暮らしをするだけの賃金・労働条件の職に就くのは困難です。
非正規労働は、社会にとって、なくてはならない仕事をしているのに、正社員の1/2ないし1/3の賃金しか支払われない実態にあります。家族の支えがなければ生活困窮に陥らざるをええない。そのため、稼働能力があっても、生活保護に頼らざるをえない状態となってしまいます。最近では「家族の支え」という究極の安全網すら綻びはじめ、そのネットでも救われなかった人々は、前項のような極限状態に滑り落ちていきます。
日本は今、行き過ぎた構造改革路線からの軌道修正をはかるべき時を迎えています。強者たる大企業や一部の富裕者のみが利益を吸収し、富を独占する構造から、広く富を分配し、地域から貧困をなくし、内需を活性化させる構造へと転換することが求められています。最低賃金の大幅引き上げは、中小企業に活力をあたえ、地域からの持続可能な経済を構築する上で、きわめて重要な政策的位置を占めています。不況とはいえ、その改善の歩みを止めることなく、中小零細企業対策とあわあせて、最賃を引き上げることが大切です。
3.最低賃金は「最低限の生活ができる水準」まで引き上げなければならない
最低賃金の引き上げが「大幅」でなければならない理由は、現行の水準では低すぎて最低限の生活すら保障できず、「安全網」として機能しないからです。
「毎月勤労統計調査」より、一般労働者の平均所定内労働時間をみると、年度によって変動はあるものの、概ね月間156〜157時間程度、出勤日数20日強といったところです。最低賃金額でこの労働時間分働いたとすると、最も高い766円の東京でも月収12万円、税・社会保険料を除いた可処分所得では10万円強(家計調査単身者の該当年収層で非消費支出を推計)、最も低い627円の地方では月収10万円弱、可処分所得は8万円程度にしかなりません。
月額10万円前後での暮らしとは、いかなるものか。全労連では組合の取り組みとして、「最低賃金生活体験」を行なっていますが、結果は、体験者のほとんどが赤字です。最賃水準の生活では、公課負担はもとより、住宅支出など固定的性格の強い費目は節約できないため、支出弾力性の高い食費や嗜好品、被服費、教養娯楽費、交際費などを極度に切り詰めざるをえません。栄養の偏った食事しかとれず、1ヶ月の体験でも体調を崩す人もあらわれます。ある体験者の食事を栄養分析したところ、1日の摂取カロリーが750kcalと、必要エネルギーの28%しか摂れていませんでした。もちろん、最賃水準の生活では体調を崩しても病院にかかることはできません。
さらに「お金がない」状態は、身体だけでなく、精神面にも大きな影響を及ぼします。生活の中から、コミュニケーションや人間関係、趣味や小さな楽しみが消えていき、体験者たちは、「実験」であっても、みな苛立ち、追い込まれた気分になっていきます。「貧乏人は死んでもかまわないという金額」、「想像以上につらい生活」、「交際できずストレスがたまる。一体どのような生活スタイルを考慮してこの金額が定められているのか」、「仕事ができない。企業にとってもマイナス」といった体験者の感想を、審議会は十分に受けとめていただきたいと考えます。
今の最賃の水準が、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(憲法25条)を保障するに足らないことは明白です。今年の目安答申では、こうした事態をできるだけ速やかに払拭するための一歩を踏み出すことが求められています。
4.働いて得る賃金は、最低生計費を超えているべきである
最低賃金大幅引き上げを求めるもうひとつの理由は、最賃が生活保護を下回っている違法状態を解消しなければならない、という法の要請にあります。昨年の7月に施行された改正最低賃金法は、決定原則のひとつである「生計費原則」を強化しました。改正法第9条に第3項を設け、最賃法が前提としている憲法25条の条文「健康で文化的な最低限度の生活」がわざわざ書き込まれ、生活保護基準が具体的な参照枠組みとして示され、それと最賃との「整合性」をはかることが要請されています。
ところが、昨年の目安答申では、最賃と生活保護との「整合性」のとり方に大きな問題を残す算定方法を採用してしまいました。以下、問題点を指摘し、欠点を除いた手法で審議することを求めます。私達の考え方により、働くものの最低生計費を算出すると、制度上、地域による差が生じますが、時間額にして1,000円前後となるはずです(算出方法については別添資料をご参照ください)。
(1)勤労控除を含めるべき
公益委員の見解では、生活保護の「勤労控除」が考慮されていません。働いていれば、当然ながら必要な経費としての支出が増えます。このことは、最低賃金法改正に関わる国会論議の中で、当時の労働基準局長も答弁の中で言及したことです。
(2)級地は都道府県庁所在地での値を用いるべき
生活保護の級地は、都道府県内で最高6段階まで細かく設定されていますが、都道府県内一律で設定する最賃との比較においては、県都などのもっとも高い級地の生活保護基準を適用するべきです。公益委員の採用した、級地ごとの人口加重平均では、高い級地の労働者に適用される最低賃金が生活保護基準を下回ってしまいます。最高級地には多くの人々が集中して住んでおり、その人々に、本来の生活保護基準よりも低い指標をあてはめることは改正最低賃金法の趣旨に反します。
(3)住宅扶助については特別基準額を用いるべき
生活保護は「足りない分を補う」形で運用されます。そのため、最低賃金の決定原則として重要な最低生計費を推し量る指標として生活保護制度を活用する場合は、支給実績値でなく「保護基準」を参照しなければなりません。ところが、昨年の公益委員見解では、住宅扶助の「実績値」を使っています。生活保護の運用では、基準額以内の特別に安い物件に住むことを指導されることから、実績値では、一般的な労働者が通常探しうる賃貸物件よりもはるかに低い金額となります。労働者の最低生計費を算定するには住宅扶助の特別基準額を用いるべきです。
(4)労働時間は所定内実労働時間の実態をふまえ、月150時間で換算すべき
月額で設定される生活保護基準と、時間当たり表示の最賃とを比較のベースに乗せるため、何時間の労働時間をもって換算するかもきわめて重要な問題です。公益委員は、法定労働時間ギリギリの173.8時間を使っていますが、この数字は、一般労働者の所定内実労働時間を大幅に超え、実態として超過実労働時間を含む時間数に近いもので、妥当性を欠きます。ちなみに、毎月勤労統計調査より、事業所規模5人以上の一般労働者の平均所定内実労働時間をみると156〜157時間程度となっています。統計を活用するとすれば、これが最も妥当な指標です。全労連としては、統計として一番妥当な毎勤統計をベースにしつつも、「あるべき労働時間」への政策誘導的な観点をふまえ、年間労働時間1800時間の月割分の150時間労働で整合性を取ることを提案します。
(5)税金・社会保険料の控除については、単身者の全国平均を使用するべき
税金・社会保険料が免除される生活保護制度と、最賃を比較するにあたっては、公租公課分を除いた数字で行う必要があり、公益委員見解でも、その作業は行われていますが、最も低い最賃額を使い沖縄のケースで算定しています。この公課負担率の算定方法は、著しく妥当性を欠くものです。
以上により、昨年採用された方法を適正なものに修正すれば、各地の地域別最賃はいずれも生活保護を下回り、最低生計費を満たすに足らない水準であることと、「せめて1,000円」の要求の正当性が明らかとなります。こうした算定方法にもとづき、目安答申を行うことを求めます。
5.不当な賃金格差を解消し、均等待遇を実現するためにも最賃額の引上げを
最低賃金を大幅に引き上げるべきもうひとつの理由は、パート・臨時等の「非正規」労働者と正規雇用労働者との均等待遇の実現に向けた土台を築く上で必要だからです。
総務省労働力調査(平成20年度結果)によれば、正規労働者は前年より42万人減少して3399万人となったのに対し、パートや臨時、派遣ではたらく非正規労働者は28万人増の1760万人となり、全雇用労働者の34.1%を占めるに至っています。今や、パート・臨時等労働者なしには仕事が回らない事業場も増えています。特に流通・小売、サービス分野では、現場作業を担う労働者層だけでなく、パート店長やパート管理職も珍しくなく、まさに基幹的労働を担う存在となっています。
しかし、パート・臨時等労働者の賃金・労働条件は、その仕事上の存在感と責任の高まりとはうらはらに、相変わらず差別的低水準に抑えられています。
「賃金構造基本統計調査」で男性正規労働者の時間あたり賃金とパートの賃金を比較すると、賞与も含めた年収の時間換算では、非正規雇用の主力である女性パート労働者の平均時給は正規男性の36%程度です。さらに最低賃金の全国平均703円と男性正規の賃金総額を比較すると30%にも届きません。
最賃審議会の当面の使命は、最賃に生計費原則を徹底することですが、その次には、一般労働者の賃金動向との均衡の視点をいれ、賃金格差是正・均等待遇実現にむけて、最賃の機能強化をはかる必要があります。
ヨーロッパでは、全国一律の最低賃金制やILOパート条約(175号、1994年採択)等に沿った「均等待遇」の大きな流れのなかで最低賃金の引き上げが行われてきました。最低賃金の水準について、ILO報告の「購買力平価」の比較で見ると、発達した資本主義国のほとんどが1,000ドル(購買力平価1$=129.55円)以上です。日本の最低賃金が月額換算11万円程度であるのに対し、欧州・豪州諸国は17〜25万円台とかなりの差があります。しかも基礎とされる労働時間は、日本の方が長いのです。
均等待遇の確立と、貧困労働者対策を国の経済再建の政策の柱の一つとし、それを断行してきた国々に比べ、日本の最低賃金は世界から大きく立ち後れたといえます。こうした日本の最賃の位置づけを、今年から大きく切り替えるべきです。
6.地域から持続可能な経済を構築するために、最賃額の引上げを
最低賃金を引き上げるべきもうひとつの理由は、日本経済を構造転換し、地域から持続可能な経済を構築するという点にあります。一昨年まで、日本経済は順風満帆であると言われてきましたが、企業部門の好況は家計部門に波及せず、貧困がひろがってきたことはすでに指摘したとおりです。この間、政府・財界・企業が進めてきた「構造改革」は、供給サイド、それも大企業の体質強化をもっぱら追求し、リストラをおこなってきました。その結果、労働者の賃金は年々低下し、ワーキングプアが生まれ、それが個人消費の低迷をもたらしました。企業間においても、二重構造=規模間格差が開きました。不況とはいえ、基礎体力のある大手企業に集積された富を痛みに耐えかねている中小部門に回すことと、需要サイドに力点をおいた政策が求められています。その最善の手のひとつが、最低賃金の大幅引き上げです。
とはいえ、競争のただなかにある個別企業が、全体の流れにさからって単独で労働条件の底上げはかるのは困難ですし、社会的影響力も十分ではありません。そこに、賃金の最低規制を社会政策として統一的に引き上げることの意義があるのです。最低賃金の引上げで、社会全体の低賃金労働者層の賃金改善をはかることは、景気の現局面できわめて重要です。
一昨年の2月、労働運動総合研究所は、厚生労働省の『賃金構造基本統計調査(2003年)』(対象労働者回収2,800万人)を与件として最低賃金を全国一律1,000円へと引き上げることによる経済波及効果について、産業連関表を利用して試算した結果を発表しました。それによれば、約700万人の労働者の賃金総額が年間2兆1,857億円増加し、それに伴い消費支出が1兆3,230億円増加し、各産業の生産を誘発して国内生産額を2兆6,424億円拡大し、GDPを0.27%押し上げる効果をもつと推計されています。
仮に高所得者層が、上記の賃金増分と同額の追加収入を得たとしても、消費支出は7,545億円増にとどまり、低所得者層の賃金引き上げをした方が消費により多くのお金が回ることもわかっています。また、低所得者層の消費増の波及効果は、中小企業関連の産業分野により多くあらわれることもわかっています(雇用労働者全体約5,300万人の経済波及効果の推計を行なうことは、『賃金構造基本統計調査』の制約=民間事業所4人以下除外等があり、困難だが、あえて行うとすれば影響労働者数が約1.9倍1,330万人いることから、経済波及効果も1.9倍すればよい)。
つまり、最低賃金引き上げによる中小企業の生産コスト増を心配する声がありますが、最賃引き上げによる消費需要増の成果を受け取るのは主に中小企業なのです。中小企業はワーキングプア根絶の社会的意義をふまえ、積極経営の立場に立ち、当面の苦しさはあったとしても、最賃引き上げの果実を受け取る方向に梶を切り替えるべきです。そして、労働者と力をあわせ、単価引き上げや取引慣行の改善、中小企業支援策などを大企業と政府に対し、要求していくべきです。
7.中小企業の経営環境改善・「公正取引」経済確立のためにも、最賃額の引上げを
最賃額を生活保障レベルに引き上げるもうひとつの理由は、公正取引ルール確立の基礎を築く点にあります。
大企業は一昨年まで、5年におよび毎年、過去最高の利益を計上するという、空前の業績好調を謳歌してきました。その間、地域の中小企業は、単価の切り下げを飲み、生産性を下げてきました。コスト削減のために、労働者の賃金も抑制されてきました。今、問題にされている中小企業の生産性の低さは、労働者のせいではなく、適正利潤分までも吸い上げている大企業の責任です。
また、構造改革が進められる中で、官公需のあらゆる場面に競争入札が取り入れられ、随意契約で委託業務などをとっていた中小業者が落札できなくなるケースが増えています。低価格をめぐる苛酷な競争に打ち勝った企業においては、労働者の賃金が犠牲とされています。建設工事の入札のケースでは、落札価格は高くても、重層下請け構造の中でピンハネされ、現場労働者には設計労務単価の7割程度しか手渡されないこともあります。入札の不当性を労働者の視点で問う手段としては、最低賃金違反と社会保険未加入などしかないのではないか、とも言われ、あらためて最低賃金の水準に関心がよせられるようになっています。
大企業と下請中小企業との関係は、かつてのような長期的取引慣行に基づく共存共栄のものでなく、ドライな価格志向が幅をきかせ、企業規模間の富の分配のバランスは大きく崩れています。こうした変化は、ここ数年の政府の各種白書でも分析されたところです。春闘では、中小賃金相場の引上げによる規模別格差是正が、労働界の共通課題となっていますが、企業間の公正取引ルール確立なしには、労働者の多数が就労する中小企業の賃金・労働条件の改善は前進しないことを実感させる結果となっています。
今、中小企業は、不況のもとで仕事がなく、あっても単価低減をせまられ、きわめて厳しい状況にあります。しかし、この状況にあっても、考えなければならないことは、経済構造の根本的な解決の道を見失わないことです。使用者側委員は、毎年、最賃をあげると中小零細はつぶれると繰り返し主張されてきました。しかし、本当にそうだったのでしょうか。全国の中小企業は、単価低減には従いながら、安易な賃金コストダウンや雇用流動化に頼ってきたのではないでしょうか。今年こそ、本当に厳しいのだということであれば、そこを切り抜けるだけの配慮は必要でしょう。しかし、その場合も来年以降についての中長期の展望を労使で合意する必要があります。低すぎる最賃を大幅に引き上げ、適正利潤の主張もふくめて、巨額の利益をためこむ大企業から正当な単価を引き出すこと。賃金の底上げの価格転嫁をさせること。公正取引の確立を積極的に進めて、この国の富の配分のバランスを正常にもどすこと。そのためにも、「生活できる最賃」を確立すること。現下の経済環境の厳しさに配慮したとしても、これらを包括的に確認しながら、今年の引き上げの目安をまとめる作業が必要と考えます。
8.「支払能力論」をこえ、労働者と中小企業の共通利益の視点で最賃引上げを
前項末尾で指摘した論点をつめるためにも、使用者側委員が個別企業の「支払い能力」の観点から、引き上げに反対されることについて、いくつかの疑念と問題点を指摘したいと思います。
使用者側委員は、労働者側の主張する最賃引き上げが、中小企業に打撃を与え、失業が増えるというが、本当にそうなのでしょうか。先進諸国では毎年、日本の感覚からすれば「大幅な」引き上げを実施しています。OECD調査によれば、最賃引き上げが失業率を高めるといわれる説には根拠(証明)がなく、むしろそれが人的能力を高め、労働生産性をあげると紹介されています。
実際、中小企業の「全従業員」が最賃レベルで働いているわけではないし、支払い能力のある企業や自治体が、最賃レベルの低賃金労働者を活用しているという実態もあります。さらに、地域の小規模企業に聞き取り調査をすると、平均賃金こそ大手より低いものの、最賃より相当高い金額を支払っているケースも多いことがわかります。小規模企業の場合、たった1人の退職でも、熟練の喪失と求人・教育訓練のコストが重く経営にのしかかるため、転・退職抑止効果もにらんで、できるだけ高い賃金を支払っているのです。例えば50円の最賃の引き上げでも、失業者があふれ出すことにはならないのではないでしょうか。また、労働者の定着を重視する経営者の最大の敵は、低賃金労働者を使い捨てにして、コスト競争を仕掛ける経営者です。使用者側委員は、「最賃底上げによる中小企業破綻」説に拘泥せず、地域で頑張る小規模企業の経営者を支援する観点で、公正競争ルール確立のためにも、最低賃金引き上げを支持するべきです。
もうひとつ、「支払能力」に関して、明確にしておかなければならない点は、最低生計費を払えない経営は、「通常の事業の賃金支払能力」を判断する際の基準にしてはならないということです。最低生計費を下回る低賃金に依拠することで、ようやく事業が成り立つ経営とは、短期的には雇用を守っているようでいながら、内需を弱体化させる要因であり、「通常の事業」とはいえません。
さらに、「最低賃金のあり方に関する研究会」でも、労働経済学の専門家から、最賃法の「支払能力」という規定が、最賃決定基準のひとつとして重視されていることへの疑問が呈されています。最賃の「水準はあくまでも供給側(労働力の供給側=労働者)にとってそれ以下に賃金が下がっては困る、という水準として決められるべきであって、企業がその賃金を払えるかどうかということは、基本的には、理屈の上からは本来は考慮の外にあるはず」、「極端なことを言えば、供給側の視点から見たときに、これ以下の賃金では困るという最低賃金が決められた場合、それを払えない企業は残念ながら労働市場から退出してもらうしかない」(清家篤慶応義塾大学教授)という意見です。
この意見は、財界代表さえも口にするようになっています。円卓会議の丹羽宇一郎委員(伊藤忠商事会長・経済財政諮問会議議員)は、「私は、最低賃金というのは何かということで、中央最低賃金審議会で3つの要素を考慮したと出ておりますけれども、最低賃金が労働者の生活安定を保障する、まさに最低限の賃金水準というものを意味するのであれば、算定根拠は労働者の生計費に絞るというのが筋ではないか。現在のように、事業主の賃金支払能力に配慮して決定するということであると、最低生活水準以下の生活を労働者に強いるということになるわけでありますので、いま一度、原点に立ち戻って、生計費の最低限の賃金水準を保障するということであれば、やはりそういう私が申し上げたような1点に絞って考えていくべきではないかと。もちろん、この最低賃金引上げによるコスト負担でマイナスの影響を被る企業が出るということがあるとしても・・・本来、競争原理からいえば、企業努力で解決すべきものなんですね」と話しています。
最近では、地方において個別企業や業界団体などを回ると、「最賃大幅引き上げ、当面1000円」の要求に賛同をいただくことも増えてきました。地方議会において「最低賃金の大幅引き上げを求める意見書」が、業者団体を支持母体にもつ議員も含め、党派の違いをこえて支持され、採択されるようにもなっています。
中央最低賃金審議会の場においても、最低賃金の引き上げが、公正な業務契約・下請単価設定の根幹を支える大切な基準となる、との認識のもとで、その水準を適正レベルに大幅に引き上げことを求めるものです。
以上の理由により、今年度こそ、最低賃金額を大幅に引き上げる目安答申をだしていただけるよう、委員各位に要請します。
同時に、労働基準でありながら、地域ごとの格差を容認する今の地域別最低賃金のあり方を見直すことも、審議の中で念頭においていただきたいと考えます。昨年、ランク別格差が拡大した目安がでたことに対し、低ランクの地域からは「労働力の県外流出の加速」や「生活格差拡大」の視点から批判の声があがりました。ランク間格差の縮小と、ランク内の都道府県別格差を縮小し、近い将来、グローバル・スタンダードである、全国一律最低賃金制度が実現することを要望し、意見とします。