貴職らは、産業競争力会議等の議論を受けて、産業・企業の新陳代謝、成熟産業から成長産業への労働移動を加速するとして、雇用維持型から労働移動支援型への雇用・労働政策の見直しをすすめておられる。そして、民間人材ビジネスを重用(活用)する政策転換を強く打ち出されている。しかし、こうした政策転換は、職業紹介を、労働力と職業の最適な結合を実現するという本来あるべき姿から、仕事の内容・質は問わず、労働者に仕事を無理やり押し付けて、押し付けた数の多さを競いあう商売に変質させるものである。その帰結として、非正規雇用が当たり前の低賃金・使い捨ての日本となることが強く懸念されるところであり、働く者の生活のみならず、健全な日本経済の発展という観点からも断じて容認できない。
よって、以下のとおり意見を提出し、抜本的な見直しを強く求める。
1.労働移動支援型への政策転換は大リストラと大量失業時代を招きかねない
貴職らは、民間人材ビジネスの活用(重用)を大規模にすすめられており、リストラ支援金との批判が強い労働移動支援助成金はすでに本年度から大幅拡充(前年度比150倍)され、求職・求人情報の民間開放など一連の施策が検討、具体化されている。くわえて、今国会には、常用代替防止のために「臨時的・一時的な業務に限定する」との大原則を投げ捨て、労働者派遣を事実上自由化・永続化する大改悪法案も上程された。
しかし、その政策効果についてはまともな検討がなされたとは到底いえない。何故なら、仕事がありさえすれば、何でもいいわけではないからだ。2008年末からの“年越し派遣村”に象徴されるように、労働法制の規制緩和の結果、非正規雇用が大幅に増え、低賃金の使い捨て労働が常態化した。年収200万円未満のワーキング・プアは1,100万人にもなり、生活苦にあえぐ人々が増え続けている。雇用の大原則は“期間の定めのない直接雇用”であり、人たるに値する生活を保障する賃金と雇用の安定こそが、日本の経済社会の健全な発展のためにも不可欠だということを踏まえた検討が必要なのである。
したがって、労働者派遣を大幅に拡大する改悪法案を撤回するとともに、労働移動支援型への政策転換を中止、再検討すべきである。政府も、“失われた20年”への批判も受けて、賃金の引き上げ・底上げをさかんに喧伝されているのだから、なおさらである。
そして、安定した良質な雇用をうみだす成長産業の育成にこそ力が入れるべきである。それが実現しさえすれば、労働者は自然に成長産業へと移動していく。貴職らは“失業なき円滑な労働移動”といわれる。しかし、実際には、日本再興戦略(2013年6月14日)で「古くなった設備・資産を大胆に処分し、型遅れの設備を最新鋭のものに置き換える。もう一度世界のトップに躍り出るための研究開発を加速し、成長分野に資金・人材・設備を積極的に投入する。思い切った事業再編を断行し、企業として、産業として新陳代謝を促進する」とされているとおり、大企業の不採算部門や中小企業の大リストラが予定されているのである。大量の失業者をうみだす逆立ちした政策といわざるを得ない。そもそも、成長戦略という産業政策に雇用政策を従属させていることに無理がある。企業の成長と労働者の生活のバランスをとることにこそ、政治の使命、役割のはずではないか。
2.営利を目的とした民間人材ビジネスの重用では、雇用はいっそう不安定化する
くわえて、民間人材ビジネスを大規模に活用(重用)することは危険であり、雇用はいっそう劣化すると考える。
民間人材ビジネスは、当然ながら営利を目的としている。その過程でピンハネが発生するだけでなく、数(件数)をこなし、実績(利益)をあげることが求められる。また、個々の労働者・求職者の要望に寄り添った支援よりも、むしろ、コスト削減を希求する企業側の要求を重視し、低賃金の非正規・短期雇用に誘導することとならざるを得ない。
大企業と民間人材ビジネスのそうした要求に沿ったためだと考えるが、現在の厚労省の施策も、トライアル雇用奨励金やキャリアアップ助成金に顕著にみられるとおり、正規・常用雇用ではなく、非正規雇用への誘導策となってしまっている。また、厚生労働省が産業競争力会議の雇用・人材分科会に提出した資料(下図)でも、受入企業で想定されているのは有期雇用や労働者派遣、出向などであって、常用労働者への転換は何ら保障されていない。
参考)産業競争力会議雇用・人材分科会(2014年3月18日)への田村厚生労働大臣の提出資料より
このように、民間人材ビジネスの活用は、低賃金の短期・不安定雇用をよりいっそう増やすことが強く推定されるのであって、使い捨てが当たり前の日本社会をつくるものにほかならない。直ちに中止すべきである。
以上のとおりであるが、以下に焦点となっているいくつかの問題に触れたい。
労働移動支援助成金は、対象が大企業にまで拡大され、解雇する労働者の再就職支援を人材ビジネスに委託しただけで助成金が支給され、受け入れ企業がおこなうOJTにまで支給されるなど、制度が大幅に拡充された。しかも、支給対象となる「就職の実現」は、当該人材ビジネスによる職業紹介が要件とされておらず、まともな再就職支援をおこなわず、ハローワークの紹介や縁故就職であっても就職さえすれば助成される。大幅な賃金低下を伴う再就職も助成対象となっている。もはや雇用の安定とは無縁な存在となっており、本来廃止すべきである。
人材ビジネスへの求人情報の提供は、職業紹介にのみ活用されるわけではない。職業紹介事業者は、労働者派遣業をあわせておこなう、あるいは系列企業に労働者派遣事業者が存在することが一般的であり、ハローワークの求人情報が派遣会社に提供されることが懸念されるが、派遣会社は正社員を雇用する企業に対して、派遣労働者に置き換える人件費削減を売り物にして高い利益を得ている。一方、ハローワークでは安定雇用の正社員求人確保をめざした求人開拓や事業主への要請がおこなわれており、こうした正社員求人が民間人材ビジネスの介入で労働者派遣に置き換えられる危険性が極めて高い。オンライン提供は実施すべきではない。
求職情報についても、職業紹介に限定して活用される保障はなく、学生が高い受講料を負担する「就活塾」と同様に、人材ビジネスが展開するセミナー受講や各種学校への誘導がおこなわれ、求職者が金儲けのターゲットとされることが強く懸念される。そもそも、求職者のプラーバシーが侵害される危険性が極めて高いのだから、求職情報の提供は実施してはならない。
3.求められるは、失業者等への生活保障と公的な職業紹介・職業訓練の拡充
“失われた20年”といわれるように、雇用がこれほどまで悪化し、個人消費が減退して、日本経済が低迷している最大の要因は、労働法制の相次ぐ規制緩和である。よって、労働者派遣法の大改悪などを撤回し、労働者保護法制の再構築に政策を転換する必要がある。先にも触れたように、産業の新陳代謝を促進させるためには、成長産業の育成にこそ力を傾注すべきであり、一握りのグローバル大企業のために労働移動支援型への政策転換や中小企業の淘汰をすすめることは本末転倒といわねばならない。
少子化・労働力人口の減少が深刻化しつつあり、すでに人手不足で顕在化しつつある今日、日本経済の未来のためにも、労働時間短縮をはじめとした労働条件の改善によって離職を防止し働き続けられる働くルールの確立が緊急課題となっている。そして、安心して子どもを産み育てられる支援の抜本的な強化が急がれなければならない。この点からも、労働移動支援型への転換ではなく、雇用を維持する政策が重要である。
以上を前提としたうえで、職業安定行政上の緊急課題として以下の2点を指摘し、その実現を強く求める。
第1は、失業者や生活困窮者への生活保障の抜本的な拡充である。
雇用保険の相次ぐ改悪の結果、いまや失業者の2割程度しか失業給付を受給できない事態に陥っており、給付期間や給付額も大幅に削減された。社会保障施策の改悪とも相まって、“失業即生活苦”という状況が大きくひろがった。その結果、今日明日の生きる糧を得るために、低賃金の質の悪い雇用にも飛びつかざるを得ない人々が増え続けており、それが貧困ビジネスやブラック企業を育成する温床ともなっている。
したがって、失業給付を少なくとも20〜30年前の水準に戻すとともに、失業給付の対象外となる短期・非正規雇用の失業者・求職者のための“失業扶助”制度を創設するなど、失業時の生活保障を抜本的に拡充して、安心して適職を探せる状況を保障すべきである。そうしてこそ、低賃金の質の悪い雇用を減らし、日本経済の好循環をつくる出すことも可能となる。
第2は、公的な職業紹介・職業訓練を抜本的に拡充することである。また、安定した良質な雇用創出の一環として、国の責任によって公的就労の場を確保、拡充する必要がある。
この間の市場化テスト等の結果をみても、長年の経験を蓄積しているハローワークの方が正規の安定した雇用につなげる実績をあげている。また、コスト的にも、民間人材ビジネスより優位に立っていることが明らかになっている。しかし、長年の定数削減の結果、職員が大幅に減少し、窓口業務の多くを少ない非正規雇用に頼らざるを得なくなった結果、個別支援等を十分におこなえない状況がひろがっている。公的職業訓練についても、訓練終了後の正規雇用への就職が依然高率となっているが、規模が大幅に縮小されてしまった。正規雇用の職員を大幅に増員し、公的な職業紹介・職業訓練を再構築することが急がれるのだ。