2025年1月22日
全国労働組合総連合
事務局長 黒澤幸一
1月21日、日本経団連は25春闘における経営側の指針となる「2025年版経営労働政策特別委員会報告」(以下、報告)を発表した。
報告では、25春闘に関わって「賃金引き上げの力強いモメンタムを定着させ『成長と分配の好循環』を我が国全体に行き渡らせる」とするとともに、「ベースアップを念頭に置いた検討」を呼びかけるとしている。しかし一方で「『18000円以上・6%以上』とする中小組合の要求水準は目安かつ労働運動を考慮しても極めて高い水準」だとして、「賃金・処遇決定の大原則」(@社内外の様々な考慮要素、A適切な総額人件費、B自社の支払い能力、C労使協議による企業ごとの賃金決定)に則って結論を得るべきとしている。また、働き手の7割を雇用する中小企業における構造的な賃金引き上げが必要だとしながら、中小企業自身による生産性の改革・向上をせまるとともに大企業は中小企業における適正な価格転嫁に対応できる収益力の確保が必要だとするなど、自己矛盾に満ちた身勝手な姿勢としか言いようのない方針である。このことは物価高騰にあえぐ労働者の実情に背を向けたものであり、経団連自身が掲げる「働き手のエンゲージメントを高める」ことにはつながらない。加えて、「多様な方法による『賃金引き上げ』の検討」では、月例給や初任給について若年社員への重点配分が有効とされている一方で、中高年齢層の賃上げについてはまったくふれられていないばかりか、「自社型雇用システム」確立の一環として退職金制度を含めた検討・見直しが必要だとしている。24春闘では「30年ぶりの賃上げ」となったものの、多くの中高年労働者はその恩恵にあずかることができなかったが、そうした状況がさらに加速する懸念を抱かざるを得ない。
加えて、最低賃金についてもあいかわらず事業所の賃金支払い能力に基づいた水準決定を求めている。また「十分な準備期間を確保する必要がある」として、最低賃金額の発効を年始めの1月や年度初めの4月とすることも有力な選択肢だとするだけで、引き上げには極めて消極的だと言わざるを得ない。
報告では「構造的な賃金引き上げ」と「分厚い中間層の形成」の実現をめざして「人への投資」をいっそう加速し、労働生産性を改善・向上させる必要があることを強調するとともに、不法行為にならない範囲で「社会に貢献するために利益を追求することを理念とすべき」としている。
そこで示されている内容は「労働時間法制の見直し」や「自社型雇用システム」「円滑な労働移動の推進」などであり、企業の求める能力を有する労働者を低コストで働かせたうえに使い捨てても、不法行為にならない仕組みづくりをすすめようとするものに他ならず、身勝手な言い分であり許されるものではない。
報告では「労働時間をベースとしない処遇」を可能にすることを政府に求め、裁量労働制の対象業務について労使の話し合いで決定できるしくみが必要だとしている。このことは、1月8日に厚生労働省の労働基準関係法制研究会が発表した「報告書」が、とりわけ労働時間規制について「労使コミュニケーション」によって「法定基準の調整・代替」(デロゲーション)を可能にすべきとしたことと軌を一にしたものであり、到底容認できない。
「自社型雇用システム」について、報告では@メンバーシップ型雇用、Aメンバーシップ型とジョブ型雇用を併用するハイブリッド運用、Bジョブ型雇用への完全移行などが考えられるとしている。しかしジョブ型雇用は「自社に必要な知識や能力、経験、専門性を有した人材を必要なタイミングで採用」され、仕事・役割・貢献度に応じた人事・賃金制度の下で雇用される制度であることから、業務やポストが廃止・縮小されれば雇用の継続は困難となり、仕事や貢献度で低い評価を受ければ賃金・処遇が切り下げられることとなる。そうしたジョブ型雇用を「円滑な労働移動に資する」として各企業に導入拡大を促していることは、企業にとって使い勝手のいい労働者以外を外部労働市場に放り出すことを推奨するものであり認められない。
加えて、報告では「円滑な労働移動」の必要性について「成長産業・分野等や地域経済の主な担い手である中小企業等への円滑な労働移動が欠かせない」とする一方で、「キャリアについて『会社に与えられるもの』から『自身が考え、必要なスキルを取得して実現するもの』への認識を変えることが望まれる」とし、社内公募制やFA制度、副業・兼業の促進など、労働者に自身の選択として労働移動をあおっている。さらに看過できないのは労働移動推進に必要な制度整備として、「解雇無効時の金銭救済制度」について「労働者保護の観点から」制度の創設を急ぐべきとしているとともに、労働契約法第16条(解雇権濫用法理)について「雇用条件や企業特性等に応じた明確化が求められる」として、労働者を自由に解雇できる制度への道を開こうとしていることであり、容認できるものではない。
こうしたことをふまえれば、報告の随所で強調されている「働きがい」や「働き手の就労ニーズ等の多様化」を口実にしたさまざまな主張は、ディーセントワークを実現するという観点からは疑問を抱かざるを得ない。
深刻さを増す物価高騰の下で、すべての労働者の大幅賃上げはまったなしの課題となっている。全労連は今春闘において、ストライキの実施をはじめとした「たたかう労働組合のバージョンアップ」をさらにすすめ、大幅賃上げや1,500円以上の最低賃金と全国一律制の実現、労働時間の短縮、人手不足解消など職場の切実な要求の実現に向けて奮闘する。加えて、働くもののいのちと健康が大切にされる社会の実現にむけ労働基準法解体を許さず改善を求めるとともに、職場からあらゆるハラスメントをなくすとりくみに全力をあげ、人間らしい生活と豊かな職場・地域をつくる。そのためにも、労働者や中小企業への内部留保の還元をはじめ、大企業がその存在にふさわしい社会的責任を果たすよう求める。
以上